くびのないこのはなし
世間俗に言う事故物件というものだろう。
私のいまの自宅には、服装的に判断すると男の子がいた。
どんな表情をしているかは首から上が無いのでわからないし、本来の性別そのものも顔で判断できるかも正直わからないけど。
せめてデュラハンみたいに首から上は黒い影のもやで、切断部分がよく見えなければ良かったとは思うけれど普通にスパッと切られた状態そのまま。苦手な人が見たら卒倒するだろう。
引っ越して数日したら見えて、最初は滅茶苦茶びっくりした。対処法とかも調べたが、素人が何かやったところで反動とかあっても怖いので何も出来ず……自然と様子を観察する形になった。
彼はいつも部屋の隅で体育座りをしていて、こちらを気にしている様子も無くそもそも見えてないのかもしれず、特に悪さをする様子も無かった。
そんなこんなでいまは多分、適度な距離で同居していることになる。
死に方によっては幽霊になっても五体満足に復元しないもんなんだな。
どうにもいたたまれない。
かわいそうだと思うけど、そう思うとなにかしらつけ込まれて最悪私は死ぬのか?
「……金魚鉢かぶってみる?」
前住んでいたところで金魚を飼ったものの、仕事が忙しくて面倒をみられず気付けば……とても申し訳ないことをした。
処分するタイミングを逃し続け、子供の注意を引くような話題のふり方がこれなのは間が抜けているって自分でもちょっと思うけど……。
彼の前に金魚鉢をおくと、珍しくそれに手を伸ばして触った。
「……はいる?」
幽霊が見えない人にはふわっと浮いてるように見えるだろう。見えている私には彼が金魚鉢を持ち上げている様子が見えた。
それで、コトンと音を立てて床に戻した。
そうだろうなぁ…………あれ、これもしかして意思の疎通ができてる?
「……ひらがな書ける?え?もしかして聞こえてるの?」
問いかけると、彼は小さな右手の親指と人差し指をあわせて丸をつくる。できてるらしい。
「……んー……ちょっとまっててね」
机の上に置いといたメモ帳と鉛筆を取りに行ってまた彼の前に置く。
「お名前おしえて。あと、なにかしたいことないの?」
たずねると、彼は鉛筆を持ってカリカリと音を立てながら書き込んでいる。
『りょうたろうです。8さいでした』
少し歪んでいてたどたどしい子供の書く文字だった。
「りょうたろうくんか」
『はなしかけてくれたのは、おねえさんがはじめてだよ』
「誰か殺そうとしてる?」
やや時間はかかるが一生懸命になにかかいている。
『そんなことしないよ。みんなかってにひっこしてく』
幽霊になったからと言って心が読めるようになるわけではないっぽい……んん。実のところどうなのかまではなってみないとわからない。
「どうして首がないの」
りょうたろうくんは鉛筆を置いてメモをめくり、腕を組んで考えごとをしつなからまた書き始めた。
『わるいおとうさんにれいとうほぞんされてるの』
冷凍保存。
え、保存……?
わぁ、ほんとだったら事件性がすっごい高いんだけど。
「変なこと聞いちゃったね、ごめんね」
『はなすのつかれた。どろっぷがたべたい』
飴の買い置きはない。せっかく会話してくれたのだから、お礼も兼ねて買ってこよう。
「あ」
そういえば……冷蔵庫にプリンがあったんだ。
立ち上がって台所にむかい、プリンとスプーンをもってくる。
「ドロップはこれから買ってくるから、その間にこれでも食べてて」
……今更ながらどうやって食べるのかまでは追求しないとして、りょうたろうくんはまた丸を作りプリンを受け取った。
「じゃ、いってきます」
財布と携帯をポケットに入れ、軽く振り返るとりょうたろうくんはいってらっしゃいと書いた紙を見せ、軽く手を振った。
この世にはいない男の子と意思疎通をして、打ち解けかけているなんてのは大分おかしな話で、なんだったら医療機関かお祓いしてくれるような所に行くべきだろう。
なんだか見過ごせないという気持ちよりは、不思議な同居生活というのも悪いことがおこらなければ悪くないと思うので、少しでもたのしくすごしてみたくなったのだ。
まぁ、いけるな。みたいな。
おわり