3話
期末テストが終わり順位が掲示され、私は驚愕した。成績が十も落ちてしまっていた。
呆然と、私は廊下に立ち尽くした。
そんな、どうして__。
彼の顔が、瞬時に頭に浮かんだ。慌てて首を横に振る。
いや、違う。彼のせいじゃない。
しかしその時、私はどうしても感情を抑えることが出来なかった。
教室に戻り、彼の元に早足で歩み寄る。そして気が付けば私は、彼に向かい怒鳴りかけていた。
「貴方のせいよ!」
「草野、さん__!?」
驚いた顔で、彼は私を見上げている。
「貴方のせいで滅茶苦茶じゃない! 貴方の……っ、貴方のせいで……!」
「草野さん、落ち着いて」
彼は席を立ちあがり、私の肩に手を伸ばしてきた。反射的に私は、彼の手を叩き落とした。
「痛っ」
「……あ……っ」
ふらりと後ずさる。既視感。あの時と同じ。
私は教室から飛び出した。
「草野さん!」
彼が後ろから叫ぶ声が聞こえた。私は構わずひたすら廊下を駆け、彼から逃げた。
私、一体何をしているのだろう。
次の日、学校に行くのが憂鬱だった。嫌でも東条くんと同じ教室にいることになることを考えると__。
重い足を引きずりながら通学電車の中に乗り込み、座席に腰を降ろす。
「おはよう」
横から声がし、目を見開く。東条くんかと思ったが違った。その人を見た瞬間、一気に血の気が引いた。
「また会えたね」
その人は、以前私に痴漢をしてきたスーツの男の人だった。
「い、嫌……来ないで」
「そう言わないで……」
男の人が手を伸ばしてきた。その瞬間、横から来た誰かが男の人を捕えた。
東条くん、だった。
「この人痴漢です! 助けてください!」
大声を張り上げ、私は隣の車両に助けを求めた。偶然座っていたサラリーマンの男性が数人来て、痴漢の男性を無事取り押さえてくれ、事は収まった。
「……東条くん、あの、ありがとう」
取り調べが終わった後、私は東条くんに頭を下げ礼を言った。
「……それと、昨日はごめんなさい」
「ううん。それより、俺が何かしちゃったのかもって、それだけが心配だった。悪いけど、教えてくれないかな。俺はもう、草野さんに嫌な思いをさせたくない。__草野さんのこと、好きだから」
優しく、どこか寂しげな表情をさせながら、彼は言った。私は彼から目を逸らすことが出来なかった。
胸が苦しい。何故苦しいのか分からない。自分の気持ちが分からない。
「どうして? どうして貴方は、私の事……」
「多分、覚えてないと思うけど。俺、前に一度、草野さんに駅で定期券を拾ってもらったことがあるんだ」
「……定期券?」
「その時、草野さんの手がすごく震えてたのを覚えてる。その時から俺、草野さんのこと気になりだしたんだ。最初は少し近づけたらいいなって、それぐらいに思ってたんだけど」
彼は、ポリポリと頭を掻いた。
「……草野さんのこと見てる内に、気付いたんだ。草野さんは男が苦手なんだって」
閉口する。彼は、気付いていたんだ。
「本当は好きだとか、伝えるつもりなんて無かった。でも、草野さんが痴漢に襲われているとき、思ったんだ。……俺、本当に草野さんに惹かれてるんだって」
「……私、貴方に言ったわよね。“気持ち悪い”って」
「……」
「私は冷たい人間なのよ」
「それでもいいよ」
「……!」
彼は、優しい微笑を浮かべていた。
「どうして草野さんが男性恐怖症なのか、それがどれほどのものなのか、俺にはさっぱり分からない。だけど俺、草野さんの力になりたいって、……守りたいって、思った」
深々と頭を下げ、彼は言った。
「せめて友達として、草野さんの側にいさせてください」
その時何故か私の目から、涙がポロポロと零れ落ちた。
「__はい」
彼に返事をしたその瞬間、私の心はふわりと軽くなっていった。
午前七時半。その日も私はいつも通り、駅のホームの同じ場所で電車を待っていた。定刻通り、電車がやってくる。扉が開き乗り込むと、真っ先に私は彼と挨拶を交わす。
彼はいつものように、爽やかに私に向かって微笑んだ。ぎこちなくも、私も彼に笑みを返す。そして私は三十センチ程の距離を開け、彼の隣に座った。以前と比べると、だいぶ異性の側にいることが平気になってきた気がする。
ふと横を見ると、彼はうたた寝をしていた。くすりと笑い、私は彼の名を呼んだ。
「東条くん」
「……ん、何? 草野さん」
「ありがとう」
「……え、何いきなりっ!」
狼狽えている彼を見て、私は笑った。
いつか、彼との距離が無くなったとき、彼に伝えたい。
__好きです。
私はこっそりと、心の中で呟いた。
読了ありがとうございました。




