過去への追想帰路
新宿の人の多さ、人種の多さ、明るさ、力……その強さに、身体が傾く。
時間は、人が帰ろうとする夕方だったけど、多くの人はその街、新宿に残る選択をする。きっと、残った半分ぐらいが、朝まで新宿にいる。それで、残りの半分は、新宿から出ない。そういう人たちはもう、帰る人々とは別の世界に生きている。
僕はというと、街から出ない選択、街に残る選択でもなく、この夕方、用が終わってすぐ帰る、という選択をした、駅の方に向かっているであろう人の背中を追いかける。人ごみを知らない人は、この術を知らず、すぐ人ごみに飲まれてしまう、けど、そういう人の方が、予想だにしない繰り返しに順応して、人生もきっと楽しいのかもしれない。
駅前、改札の前には、待ち合わせをしている人で、溢れている。ほとんどの人が仕事終わり、用事終わりなんだろうと思う。隠れて、こそこそしてるみたいで、いやらしいな。
中央線快速、高尾行き。
ホームは人で溢れている。一本見送らせた僕は、電車に乗り込み、すかさず、姿勢良く座っているサラリーマンの前に立つ。この人は、きっとすぐ席を立つ。電車はあっという間に満員になった、人の圧迫感、息遣い、人の無表情が出す空気に包まれる。その空気は無味無臭で、機械的で、気持ち悪い。でも、立っていると、いろいろなことを考えてしまう。……みんな、そう、なのだろうか。もしそうなら、この機械的空気、一枚剥がせば賑やかになって、もっと楽しい……なんて、そんなことない。楽しいことばかりではないだろう、いや、むしろ暗い気持ちのほうが、多いんじゃないか。そう考えていると、急に、この電車が暗闇が詰まった箱に思えてきた。本当、いろいろなことを考えてしまう。僕だってその暗闇のひとつだ、なんで、生きているんだろう、目の前の窓ガラスに、うつった僕は無表情だった。
電車は、中野に止まる。目の前に座っていたサラリーマンが席を立つ。予想より早かった、もう少し後で降りるものだと思った。空いた席に座って、一息。一番端の席だということもあって、落ち着く。携帯を見て、返せなかった返事をして、ふと顔をあげると、人、人、人。そう、景色は良くない。電車に慣れていなかった頃、立っている人たちに対して座ることに罪悪を感じていたけど、今はそんなことない。なんとも思わない。そんなことを考えているうちに、うとうとと、眠たくなる。電車の振動は、人の心拍に近いものがあるらしい。
——公園の、大きな池の真ん中に立っている。足がどこに着いているのかもわからないまま、ひたすら前に進む。歩くというより、スーッと進む感じ。空は雲ひとつないような、でも動物が浮かんでそうな、空。池を出たとこに、友人が待っていた。
「たのしかった?」
楽しかったよ。
「じゃあ、唯ぅあK稀ゅゅに行こうか」
うん、行こう。そう言って僕らは駅に向かう。
……電車は三鷹を出ていた。僕が夢を見ていたと認識をするまで、だいぶ時間がかかったと思う。三鷹で大半の人が降りて、向かい側の窓の景色がよく見えた。窓の外には夕焼け色を背景に、たくさんの鉄塔が立ち並んでいて、それを見て少し安心する。都会にはない、鉄塔の群れ、広い街を照らす夕焼け、帰ってきているという実感。安心して、肩の力が抜けた。通り過ぎていく街を見ながら、さっきの夢を思い出した。友達、誰だったかな。久しく友達と遊んでいない気がする。地元のみんなは元気だろうか、会わなくなったのはいつからだろう、公園で人と遊ばなくなったのは、いつからだろう。帰りの電車は、いつもいつも、過去への追想だ。帰るということが過去なら、死による帰路の先は過去なのかもしれない。こんなことは、考えたくない。隣の人が降りて、ポケットに入っていたイヤホンが取り出せるようになる。思考も、音も、遮断した。
シャッフルで、大好きじゃない、気分じゃない曲が来たら、飛ばす。そんな作業を繰り返していたら、あっという間に立川に着いた。ここで僕は降りる。空気が全然違うことがわかる。ここが僕の街。九時には北口のお店はほとんど閉まって、南口がひそひそする街。なんだか田舎臭い。人もどこか気が抜けて、新宿とは違った意味でばかっぽい。安心して、自然と口元がにやける。ホームの端っこ、西の方。紫色を背景に山々の影が並んでいる。帰ろう、家に。帰ろう、過去へ。帰ろう。




