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氷の灯り  作者: 桜の樹
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柑橘蜜煮

 少年は戦利品(ビスケット)を頬張りながら、廊下をぺたぺたと――きちんと足は洗って――歩いていた。自室に戻ってきた彼は、木製の小さな寝台にどさっと倒れこむ。


「……ねみぃ」


 魔法を使うと、いつもこうなる。ふわぁ、と欠伸を漏らして、瞼が落ちるのに抗わなかった。



 カエルラは、デュアルの通りそうな道順を把握している。泥塗れの廊下を掃除しつつ、彼は広間へ向かった。少年は、きっとビスケットを取っていく。そう考えた。さて、いくつ減ったかな……?と机上を見れば、5枚無くなっていた。皿の上の3枚に、隣の袋を破って2枚。わかっていたことだったが、カエルラは思わず苦笑した。そして、ふと気づく。


(――確か、『パンドラ』の好きな柑橘蜜煮(マーマレード)があったはず……)

 少年のことが気になって、蜜煮(ジャム)を口実に、自室を訪ねようと思った。少し恥ずかしいような気もしたが。


 少年の足音が、好きだった。ぺたぺたと歩くのが。裸足でそこらじゅうに泥を塗りたくって歩く姿が好きだった。それで、彼はこの出会いに感謝しようと思った。だが、できなかった。こんな形でなければ――と何度も考えたのだ。少年の境遇に同情してしまったのだろうか。そうなのであれば、酷い話だ。カエルラとデュアルは、この孤児院においてしか関係をもたない。それ以上でも、それ以下でもない。個人的な感情は不要だ。寧ろ、害悪だとすら思っていたはずなのに。そんな、特別な関係なはずなのだ。


 自分自身に言い聞かせるうちに、デュアルの自室に着いていた。ひとつ、溜め息を放って、数回扉をノックする。

「『パンドラ』、入りますよ?」


――返事は無い。毎度(いつも)のことである。彼は気にも留めず扉を開けた。




 ――――そこにはただ、沈黙があった。



 カエルラはきょとん、として、寝台に突っ伏している少年と手に持った柑橘蜜煮(マーマレード)とを交互に眺めた。そして吹き出した。


「あぁ……、君は、本当に幼いのだね……」


目尻に滲んだ涙を指で拭い、寝台の近くの机上に柑橘蜜煮(マーマレード)を置く。


 部屋から出る直前、カエルラは一度振り返ってデュアルを見た。少し、目を細めて。微かにその紅唇が動いたように見えた。



 青年は部屋の扉を閉めると、その扉に背中を預けた。青色の長髪が、彼の表情を隠していた。

 どれくらいそうしていただろうか。唐突に、青い髪が揺れた。ゆらりと扉から離れた青年は、そして、少年が通ることのなかった方向へ足早に廊下を去っていった。



   ***


 カエルラ・フォーデウスは、彼の自室にいた。その手には、厚い紙の束が開かれている。

「あぁ、頭が痛い……」

 カエルラは葛藤していた。無情に、無情にあらねば。そう思うのに、デュアルを叩き落とそうとするようなその姿勢を許せない自分がいる。自分にとって、少年は、『パンドラ』である。それだけ、本当にただそれだけでなければ。


 瞬きの裏に、血の色が見えた。集中していられようもなく、カエルラは紙の束を置く。コーヒーを取りに行こうと思った。




「今夜も――」



 溜め息も、忘れよう。


 私は、“異端”のために無情になるのだ。

 そう誓ったのを思い出した。

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