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第三話 馬車の音



「――依頼を受けたのは、『マリアテール』という田舎貴族の若奥様。ご主人を亡くされた後らしくて。それで地方の屋敷を一人で切り盛りされているの。むろん、そう人数も多くない村の豪族だから、街のように使用人を抱えることはないわ」

「……へえ、そうかい」


 カラカラ。と車輪の音が響く。

 緑豊かなアストレア国の辺境の風景を横目に、僕は馬車の後部席で向かい合いながら、さも『どうでもよさそうな』相づちをうっていた。

 首都を離れて、田舎道の旅路である。


「…………で。どうして僕も? 依頼に何か関係があるのかい?」

「いいえ、ないわ。あなたは今回の依頼になんの関わりもない。依頼を受けたのは私で、あなたは私が招いた人だもの」

「実に、単純明快な答えをどうも。じゃあ、どうして僕を連れてきたのかな」

「? 怒っているの?」

「そう見えないなら、きみの目はおかしいね」


 僕の皮肉も冴えていた。

 馬車の向かいに座る少女は、小首を傾げている。……実は、僕にも疑念があり、どうやら彼女は僕の車が使いたくて呼び出した気配があるのだ。


 高価な馬車は、持たない市民にとっての『足』だ。オリゼに呼び出されるぶんには友達として構わなかったけど、便利使いにだけはされたくなかった。


「ううん。私は、単純にあなたの『力』が欲しかっただけよ?」


 ……? どういうことだ。


「馬車を使わせてもらったのは、これが時間の短縮になるから。もしダメだったら歩いてでもあなたを連れて向かったわ。私はいつも合理性を好むの。移動にも、その時の最適解を選ぶわ。……ただ、私がどうしても連れて歩きたかったのは、護身『刀』としてのあなたよ」


 ――刀?

 それはつまり、イアイのことかな?


「そう。それよ。私は、先日のあの試合を見るまで、剣技があんなに見事なものだとは思ってもいなかったわ。正直、野蛮な人を傷つけるための技術だと思っていたの」


「ずいぶんな、言われようだね」


「だけど、あなたの『刀』は違った。対戦していた相手は力に振り回された野蛮な闘技だったけど、あなたが一瞬だけ見せた業は美しかったわ。私が見惚れてしまうくらいの芸術よ」

「父さんのは、もっと美しい」

「そうかもね。でも、私が見たのは『あなた』だけよ。私はね、自分の見たことしか信じないの」


 少女は、移動中も読んでいた分厚い書を閉じる。


「――本に書いてあることも、噂話も、自分の目で確かめるまでは信用なんかできないわ。噂というのはとにかく誇大に伝わるものだもの。私は自分が見た『あなた』という存在を高く評価して、近くに置きたくなったのよ」


 まるで置物かなにかみたいな言われようだったが。

 僕は、それを言われて悪い気はしなかった。オリゼの口が悪いのは今に始まったことではないのだし……、それに、僕の剣技は父から受け継いだものだ。


 その〝技〟を褒められるということは、つまり父のことを褒められているということだ。誰だって尊敬する親を褒められて、嬉しくないはずがない。



「……ふ、ふうん。そうかい。じゃあ、仕方ないね」

「ええ。仕方ないのよ」


 オリゼはことさら神妙な顔して頷いていた。

 ん? でも、待てよ……?


「それとこれと、きみの身を守ることと、依頼に付き合わされることって、よく考えたら何の繋がりがないんじゃあ……」

「――あっ。見えてきたわよ! あの大きな樹が目印!」


 オリゼは、誤魔化すように外を指した。

 僕も振り返る。そこには、一面の緑の風景とともに、寒空の下で枯れそうになった『巨大な樹』が見えてきた。

 ……。って、なんだろ。

 なにか。違和感というか……。


「どうしたの?」


 オリゼが、銀色の髪を馬車に揺らしてながら顔を向けてくる。

 僕は、どう口にしたらいいか分からずに戸惑ってしまって、


「……うーん。なんだろうね。なにか、あの風景……妙に見覚えがあるというか……」


 僕は、思った。



 僕はあの〝樹〟のことを知っている……?




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