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第十話 屋敷の真相



 屋敷に戻ると、使用人さんの話を聞いた。


 というのも、どうもこの屋敷には、書にまつわる『隠された部分』というものが存在しているように思えたからだ。ヘンリエットさんの話もそうだが、黒い書というものがどこかに存在し、それが魔道書という可能性が出てきた。


 問題なのは、それが『いつ』この屋敷にあって、『どこに』行ったのかだ。


「ヘンリエットのお坊ちゃまが出て行ってから、この屋敷では灯が消えてしまったようになって……。でも、不思議と幸運なことは起こるんですよ。お金にまつわる、儲けごとというか」


 僕らの相手をしてくれたのは、昼過ぎ、庭先で洗濯物を干していた老齢の家政婦さんだった。


 シーツを干していたらしい。この屋敷では定期的にカーテンや絨毯など、主だった布地のものを大量に洗濯をするらしく、青い空の下に色鮮やかな横断幕がなびいていた。とても気持ちよさそうに見えた。


 僕らはそれを横目に見ながら、



「儲けごと……ですか?」

「ええ。ある行商人が売り込んできた置物が、何千という王国の通貨の価値があるものであったり。門前で行き倒れていた青年が、お金を貸すと事業主として成功して帰ってきたりとか。富を殖やすことにかけては、だんな様は恵まれているとしか言いようがありません。――もちろん、商売に際して、辣腕をお持ちではありましたが」


「いつごろから。そうなったのか、覚えがありませんか」

「いつ頃? 不思議なことをお聞きなされるのね?」


 髪が白くなったお婆さんの使用人は、それでも往年の少女の頃がそうであったように、純粋な瞳を丸くして、仕草も軽やかに首をかしげる。


 この使用人さんが屋敷に最も長く仕えている人だということだった。村の男性と結婚し、子供二人はもう家を巣立っている。ヘンリエットの子息に対しては『それこそ、子供の頃から。息子のように知っている』と話し、この屋敷に対する思い入れも話してくれた。


 屋敷の過去を知っているということは、増改築前の『フロウド邸』についても、知っているということだ。


「今まで、占い師や、風水師を名乗るお客様が、多くこの邸宅を訪れになったのですが……みなさま商売の秘訣や、フロウド様がどうやって一代で財を築き上げたのか、そちらばかり興味を示されるのに」


「ええ。まあ、正直ちょっと気になるところではあるのですが……。たぶん、商売に関しては、僕もオリゼも素人だし。聞いたって、さっぱり分からない気がします。儲け話に乗ったって失敗しそうだし」

「まあ。素直なのね」


 くすくす、と。

 僕らの外見が、その紳士的な大人の振る舞いにそぐわないほど小さいせいか、使用人さんは素に戻ってお婆ちゃんの笑顔を浮かべる。

 だけど、警戒心は持たれなかったみたいだ。


「そうね。ヘンリエットのお坊ちゃんが屋敷から出て行く前。だんな様が、なにか地下でやっていらっしゃっているのを何名かの使用人が目撃していたわ」


「……? 地下室で、ですか?」

「てっきり、奥様の遺品整理と。その亡き思い出を忍んで、人には見せたくない寂しい顔をされているのだと思ったのですけど。それからですわ。屋敷に急に幸運が舞い込むようになったのは」


 ――まるで、舞踏会オペラの特等席の券でも当たったように。


 使用人さんは、そう表現した。

 来る日も金にまつわる幸運が起き、フロウド老人は自信をつけるようになったという。以前は領地経営にも苦しんでいた『邸宅』だったのに、一気に大きくなり、主人の性格も前の陰りがなくなった。


 当時は、上流階級の『議会席』に座るそこが、幸運を呼び込む席だと信じられていた。

 だから老人は、市議会に献金し、短期間に強引に割って入ったりもした。



「……ふむ」

「悪いこと、とは申しませんよ。だんな様のことですし。この国のことに貢献できるようになることは、亡き奥様とフロウド様の悲願でしたから。……でも、火急すぎましたし。それに、息子様ともそりが合わず、いつもケンカばかり。それで最後には」


「家を、出ていたわけですか。ヘンリエットさん」



 僕は、屋敷の裏手に見える山を見上げた。

 緑豊かな土地は、王都にはない原風景の穏やかさがあった。道は舗装されていないが、村は純朴で、こうして昼間の陽光にさそわれて黄色い蝶が花ミツを探している。


 ひらひらと羽を舞わせる蝶の向こうに、小さくて確認できないがヘンリエットさんの小屋があるはずだった。丘の上だ。



「……もし。昔の暮らしに。元のだんな様とお坊ちゃんの姿に戻れるのなら。そうお願いできないかしら。小さな小さな、風変わりな占い師様たち」

「……。ええ。きっと」



 僕は、老婆に見つめられ、後ろを振り返った。

 そこにいる、少女がいたから。


 銀色の髪。どこでも見ないような美しい緑の瞳。

 彼女は。いや、彼女になら、きっとできると僕は信じていたから。ただの素人ではない。占いや風水を謡う、偽の専門家でもない。


 彼女は、『本物』。

 オリゼフィール・マドレアン。


 魔道書を司る少女にして、この国に現存する書を網羅し、すべて知っている。だから幸運に呑み込まれて不幸に傾きつつあるこの家の将来のことを救うことができる。

 もし、この屋敷が迎えた世界が、『B世界』であるとするなら。


 また親子がよりを戻し、幸せを迎え入れる『D世界』というものが。きっとまだ存在するはずだから。

 だから、僕らは戦う。書の力に対抗するのは、僕らにしかできないはずだから。




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