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第六話 財産の番人



「やあ、ようこそおいで下さった」



 オリゼが『占い師』として面会を申し出ると、その書斎の古い扉の向こうの住人は、驚くほど快く迎え入れてくれた。


 時間は屋敷を華やかに飾っていたパーティの賑わいが落ち着いた頃合い。ちょうど主役でもある老人は、紳士服を身につけたまま自室に引き取って、軽く休憩をとっていた頃合いらしい。



「アストレア国の誇る、国中で一、二を争う『占い師』に来ていただけたとは。光栄きわまりないことである。歓迎しますぞ、ミス・オリゼフィール・マドレアン」

「感謝しますわ」


「…………」


 そして、そんなやり取りをいくらか冷めた目で見つめる僕。

 何が、国で一、二を争う占い師だ。と実情を知っている身としては、そうぬけぬけと名乗りを上げて、少しも臆することなく歓迎を受けてしまったオリゼに憤慨してしまうのである。

 ふてぶてしさと猫かぶりが同居している。


 当の本人はそんなこと気にせず、王宮に招かれた市井の賢人のようにすました顔で振る舞っており。書斎でそんな老人に対面していた。


 ……フロウド侯爵。

 いや、老人。


 僕も間近で見るのは初めてだったが、こんな人物なのか。

 まず、第一印象は『田舎の老紳士』である。でも、どれも新品に身を包んでおり。その垢抜けた首都の一級品と比べると、ちぐはぐな印象を受ける。


 靴、杖。……どれも新品で目新しく感じるのだが、どこか空々しく。何となくだが、生活感がないように思えてしまうのだった。なぜそう思ってしまうのかは、僕自身がよく分からない。



 そして、『従者おとも』として名乗り、彼女の――(つまり、アストレア国内でも随一の占い師と名乗り、王国内からも引く手あまた、金持ち度合いでもそこらの上流階級に匹敵するという)――オリゼの護衛の『剣』として、許されてこの書斎に立ち入った僕が、子細しさいに室内を観察していると、



「……おや、君は。どこかでお見かけしましたような?」

「あ。いえ、気のせいでしょう」


 目を向けられて、いまだに『見た気がするが』と小首をかしげる老人に、僕は表情を隠して首を振った。――こんな、『市井の占い師』の護衛として、いかにも雇われているように振る舞っているが、その実は『剣鬼』とも畏れられる士官学校の教官の息子だと知られるのは少々まずい。


 僕は余り目を合わせないように、そんな老人の疑問の顔からそらせた。――フロウド老人との繋がりといえば、前に、アストレア国の市議会の投票に連れて行かれた時に、父と一緒に見たことがある。


 横で挨拶していたが、昔ということもあり。印象が薄らいでいたのだろう。僕個人としては助かった。



「占い師、オリゼフィール・マドレアン。此度の相談というのは、息子のことである。…………どうしてもうまくいかないことがありましてな、相談をひとつ。お願いしたい」

「それは、どのような内容なのでしょうか」



 オリゼは書斎の椅子に膝を揃えると、貴婦人然として指を重ねていた。

 …………こういった動作も、実は見慣れていなかったりする。


 普段のオリゼはと言うと、変人通りアダム・ストリートの書店のような店で、子供の姿と変わらない格好で本を読んでおり、たまにだらしなく寝転がって過ごしていたりする。僕がたしなめると、所持していた食事ホット・サンドのみを取り上げて、モグモグ食べながらいうことを聞かないのである。


 そんな彼女が貴人として振るまい、猫をかぶっている。

 その動作はなかなか役者で、確かに『王国随一の占い師』といった風情がにじみ出ていた。老人も、欺かれ(?)て深く頷いてから、



「―――実は、息子と縁を戻したい。と考えておりましてな。私は、見ての通りだいぶ寄る歳の波を感じるようになってしまった。このままでは、莫大な財産を抱えたまま、朽ち果ててしまうことになるであろう」

「……。それで」


「息子に、我が家を継いでもらいたい。――確かに、ヤツは不肖の息子である。だが、今から商売のことなどを教えて、仕込み、この家の全財産を運用できるだけのことにはしたい。と思っている」


 老人は、その理由も話した。

『たった一人の息子だから』、というのが全ての根底である。彼はまだ息子が小さい頃に母親を亡くしており、そのため後継者と呼べるような人物は、あのヘンリエットという息子の一人だけだという。


 一人しかいないから、財産運用なども、当て込む先が一つしかない。


「今は未熟なれど、今から熱心に教え、一つずつ積み上げるように重ねていけば、あの愚息といえど理解はすると思うのだ」



 ――不才といえど。


 老人は、ことさらその言葉を強調してきた。

 息子についての資質を買っているのではない。問題とするところはその中身ではない。『たった一人の息子』だから、というのが理由の全て。


 それゆえに息子を呼び戻して、なんとか躾を今から行いたいという。その口調は熱心で、表情も父親のものだったが、オリゼの隣で聞いていた僕は―――何となく、腑に落ちないものを感じてしまっていた。


 それが何か、分からない。

 言葉にできないが、それを僕が考えるよりも前に、椅子に座っていた貴婦人が口を開く。


「それで。『占い師』の私に、占って欲しいものは」

「――息子との、不仲を。改善したい。…………聞くところによると、金の集まる家というのは不運が重なるという。それが、一代で財産を築き上げた家柄ならば、なおさらという話しだ」


「確かに。そういうお話はあります」

「そして、近頃の我が屋敷からは、何とも言えず良くないことばかりが起こる。……なんというのか。うまく言葉では言い表せないが、気分が悪くなるのだ。私自身も体調の悪さを感じるし、先日、街の占い師に会って話したところ」


「…………確かに。不吉な気配を感じます」



 オリゼは、ことさら霊感があるように。


 その両手を広げ、書斎の中をぐるりと見回すのであった。これも役者の名演技なのか。僕が呆れて見守っていると、その嗅覚が別のものを捉えたように、屋敷の他の部屋を意識して。


「この屋敷からは、なにか異質な気配を感じます。……重苦しい空気を。空気には何か原因があるはずです。もしかして、何か不吉なものでも置きましたか? 例えば先祖代々の書物など」

「……いや。特に、そういうのは思い当たらないが」



 老人は、困惑してみせた。

 ともかく、彼としては『息子』という利害が第一の様子であった。つまり、彼に戻ってきてもらわないと、この家も財産もどうしようもないまま宙に浮いてしまうことになる。


 フロウド侯爵の気持ちはどうか不明だが、少なくとも世間的な立場でいうと市議会にまで進出した彼が、その所有する財産などを整理しないまま消えてしまうと、大いに笑いものになってしまうだろう。懸念も、一部はそこから来ているらしかった。


「ともかく。調べてみます」

「……! 頼めるか」


 オリゼは心強く頷き、そのためにこの近くに宿をとってある旨を老人に告げた。しばらく逗留して、この屋敷を念入りに調べるという。その許可も求めた。老人は救われたように息をつくと、天からの恵みでも受け取るようにして、オリゼの要求に応えた。




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