第二話 招かれざる客人
「…………何やってるのさ」
会場の人混みから、少し離れて。
アストレア国を代表する民族音楽が演奏され、年代物の木で作られた楽器が、奏者の引き立てによって美しい音色を奏でる。そんなステージの脇で、人目につかないようオリゼの手を引っぱって連れてきた。
「君は確か、今日は用事がある。って言ってなかったか」
「ええ。あなたも、今日は大事な用事がある、って言っていたわ」
そうだ。
僕らは互いに『打ち合わせ、段取りと違う』という旨を抗議していた。
僕の場合は社交界――アストレア国を代表する、名族、名家たちが集まる(父曰く、『くだらん』の一言だが)場に顔を出したのだ。
この場は僕ら『ミヤベ家』が所属する、剣の代表としてであった。馬車で送り迎えした使用人のセダンも、『誇らしいですよ。坊ちゃまは赤ん坊の頃から知っておりますから』と御者台の手綱を取って喜んでいた。
アストレア国の正式な表舞台でもあったのだ。
いうまでもなく、普段の僕や、オリゼと寓話書などを貸し借りして、または友人として争っている『僕』ではない。
なのに、
「どうして会っちゃうのかな」
「さあ?」
僕らは会場で巡り会った奇縁に、それぞれが呆れている。
「私は招きを受けて、この場所に来ただけだもの。そしたらあなたの家の豪華すぎる馬車を見つけて、会場を見回したらいた。…………こんなことなら、最初から一緒に乗ってくればよかったわ」
「……僕の家の馬車を、足代わりに使おうとする魂胆は、この際置いておいて」
僕は苦り切った顔をした。
澄まし顔のオリゼは、今日は別人のように綺麗な装いに銀の髪を揺らして猫をかぶっている。
こう言っちゃ癪だが、オリゼは違和感がない。
アストレア国の賓客たちが集まるこの社交の場において、ちょっと服を飾り立てるくらいで溶け込めるというのも驚嘆である。黒髪の僕のほうが、どこかちぐはぐな正装をして、腰に愛刀を差していたりと不似合いだ。
「――君が招かれたってことは、《依頼人》がいるのか」
「ええ」
そうだろう。そうでないと、専門家を呼ぶはずがない。
では、問題になるのは、誰か? ということだ。
「さあ?」
僕が答えに憤りを感じて黙ると、オリゼは澄ました(――と言うには、その横顔の魂胆が見えすぎていたが)顔で、知らんふりをしている。
「…………おい。」
「知らないわ。この場のあなたは、私の護衛の剣のミヤベじゃなくて、『ミヤベ家の子息』として招かれたあなたでしょう? だったら、私こと『魔道書買い取りのオリゼフィール』とは初対面。だったら、依頼主のことは守秘義務。教えられないわ」
なんて、屁理屈だ。
先日は辺境の屋敷まで行って護衛として『花神の書』の件を解決したんだし、さらに先だってはサーカスと獣人が絡んだ『双書』の事件を一緒に解決したではないか。
「少なくとも――サーカスの以来に関しては、のこのこ呑気に街歩きをして遊興に浸っていた《誰かさん》が、物騒な事件に私を巻き込んだに過ぎないわ」
そりゃ、……悪かったと思っているが。
「それに、今日だって『公人』ミヤベは私にどこに行くか教えていないもの。……だったら、ミヤベ家の紳士たるあなたに、私のような庶民が声をかけるのも憚られるわ。ああ、畏れ多いわ。今日は好きに遊んだら?」
……ぐ。
なにを、小賢しいことを。
色々体裁を繕っているオリゼだが、僕はこの小さなアストレア国の淑女が何を言いたいのか分かっている。というか、魂胆見え見えである。
…………早い話。オリゼが『僕がフロウド侯爵の邸宅に外出すること』を話さなかったから、拗ねているのだ。
そんなわけで、
「そうか、そうか。よく分かったよ。ミス・オリゼフィール。確かに君はアストレア国の婦人として参加し、そして僕は全く違う場の家の『ミヤベ』だ。立場が全く違う。……だが、それを承知で一言言わせて欲しい」
「なによ、手短にして」
「い・つ・ま・で、拗ねてやがんだ。この意地っ張り!」
「――ひゃい!? はにふふほよ!(何するのよ)」
柔らかい頬を引っぱり、伸びるチーズみたいに弄んだ。
実は世界一さわり心地が良い毒舌家の頬は、パン生地のようなもちもちの肌の主だった。それが涙目で睨んで抗議してくる。
演奏ステージの裏側だ。
ここなら人目につかない、と思って普段の僕らに戻ってケンカをしていると。たまたま通りかかった屋敷の使用人が、くすくすと微笑ましそうに笑いながら横を通っていた。
……完全に死角ではなかったらしい。
僕らは恥ずかしくなって、互いに顔を赤くしていた。
「……とにかく、君が意地を張るなら、依頼を助けられない」
「……なによ。私だって、別に助けなんかいらないわ。剣士さん」
「あくまで他人のフリをしてシラを切り通すつもりか。じゃあ、オリゼ。君に致命的な指摘をするよ。どうして僕がそう思うのか、をね」
「……何かしら。私の行動に死角はないわ」
「袖握ってきただろ」
僕が言うと、完璧すぎる少女の片眉が、訝しげに動いていた。
「袖、握ってきただろ。オリゼ。あんなに広い舞踏会の場で、わざわざ馬車を見つけて僕を探していたし。どうせ使用人のセダンにも、裏をとったはずだ。父さんだと困るからね」
「……む、むむ」
「馬車の主が僕だったと知って、探してきた。心細かったはずだろ、どうせ社交慣れしていない君のことだ。人見知りで、会場で孤立して、依頼とはいえ憂鬱だったに違いない。どう? 僕の力が借りたくなった?」
「………………。生意気。ミヤベのくせに」
と、そんなやり取りをしていると。
フロウド侯爵の家の扉がけたたましく開き、不意の来客―――いや、招かれざる客が闖入してきた音がする。僕もオリゼも、振り返った。僕は驚きで目を見開き、オリゼは冷静な瞳を向けている。
そして、その社交の場に相応しくない――『農夫の汚れた格好』をした男。いや、茶髪の青年は、服装とは不釣り合いな整った顔立ちと、涼やかな切れ長の目で開場を睨みつけると、
「――親父はいるか」
怒りを秘めた低い声で呼ばわった。
「十二代当主。―――いや、次期当主。ヘンリエットが来たと伝えろ。親父……いいや、もう縁を切ったあの人に、この異常な催しを中止させたいと言ってやる。俺は本気だ」




