第十二話 幽霊と盗賊の出会い
「あんたはよォ、いつから『亡国の幽霊』になっちまったんだ」
よく晴れた日だった。
遠い異郷の青空の下、船着き場で男二人が会話していた。季節は、夏だろうか。船乗りにも見える短いそでの服装をした男が、厚着をしたもう一人に笑いかける。
浅黒い顔から、眩しい白い歯がのぞいた。
「…………分からん。私は、ずっと旅をしていた。……夢も見ていた。祖国を興すという夢は、まだ終わっていないかもしれない……」
「自分でも分からねえのかよ。この空め。曖昧な語尾ってえのは自信のなさの表れだぜ。テメエが、テメエの選んだ船の舵取りができるかどうかで、漢の価値が決まっちまうんだ。悪党には、悪党なりの美学があるようにな」
「……貴様は、悪党か」
「さぁなあ。自分からホイホイ悪党だって名乗るバカもいねえだろうよ。俺はしがないサーカスの団長。あんたは流浪の剣士だ」
皮の水面を見ながら、立ちあがる。
不思議な男だった。憎まれ口を叩くが、感情に陽気な日差しがある。悪態をつけばつくほど、どこか愛嬌がでてくる手合だった。
舞台の男らしく服装は砂漠を思わせる豪華な出で立ち、腰には牛刀サイズの剣を佩いている。彼は『友』である座りこんだ男を見つめ、腰に下げた『双書』や値打ちのありそうな鞘の剣をチェックする。
「……お前さんよ。こういっちまったらなんだが……ちと無防備すぎやしないか。お前さん、自分が何でもできる男だと思っているだろ?」
「……。どうだろうな」
「胡蝶の夢、ってやつさ。俺の生まれた国の隣国の言葉だ。俺は生まれつき卑しくて『学』がないが、飛んでる蝶の自分が夢なのか、それとも蝶になっちまった自分が見ている夢がそうなのか……その区別くらいはつく。逆に、そいつが分からなくなっちまっているヤツを見ると……どうにも悲しくなっちまうんだ」
「……? よく分からんが、私には『書』があればいい。こんな姿になったが、これでこの世に不思議があることが証明された。私には家はいらぬ。家族もいらぬ。友もいらぬ。……ただ、『書』があればいい。この力があれば安らぎを得るのだ」
「チッ。たまんねえよ……」
顔を歪めて。
見ていられないように、浅黒い男は顔を背ける。
「? なにかいったか?」
「たまんねえ、んだよ。俺も先日娘が生まれてな。ああ、こんな悪党でも生きててよかったって思っちまった。最後の仕事にこの町にきたが、それでも足を洗おうってきっぱり決心がついた。考えられるか? 幸せは、こんな小さなところにも落ちてるんだ」
「……それは。重畳というものだ」
重畳というのは、この上もなく良いことという意味だ。
「違えんだよ。たまんねえのは、俺みたいなヤツの幸せの前に現われた、今のお前の姿だ。きちんと飯は食ったか? 人と話したか? その姿を、今の顔を、鏡できちんと確認したか?」
「…………」
「お前の今の姿。呪いに他ならねえぜ」
ローブの男が、黙った。浅黒い男も奥歯を噛みしめて水面を見つめている。
船が二つ、水路を去った後。
「……今夜。また酒場に飲みに来い。最後に高価な酒をおごってやる」
「?」
「俺はサーカスとともに去る。その前に、最後の……やらなくちゃいけねえ仕事ができた」
そして、その夜。
――〝親友〟だった男は、『双書』を奪って逃げた。




