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第六話 暴動プリンセス





「――やだ、やだ! アタシは朝は『アップルハニー・パイ』って決めてるんだ! アストレアの首都にきたら、必ず品揃え豊かな交易通りでそれを食べるって決めてるんだ!」


「わ、わがまま言うんじゃないよ!」


 翌々日の。朝。

 僕は、駄々をこねる少女を布団から引きはがしていた。


 …………ああ、なんて面倒なんだろう。もうこのやり取りを何度となく繰り返してきた。


 一応は『依頼人』として報酬を支払い、同時に『亡命者』ともなった彼女の面倒を見ようと、オリゼの家を仮の宿屋としていた。なぜって、ここが一番便利だし、本が多いことに目をつぶれば比較的安全でもあるのだ。


 ――大体、誰も好きこのんで、《変人通りアダム・ストリート》になんか顔を出さない。ここに顔を出すのは情報屋を気取って後日河に死体で浮かぶことになる勘違いした変わり者か、または、過去にいわくがあって、臑に傷を負っている『世間から身を潜めたい者達』である。


 だから。一般人も出入り自由な表通りの宿屋と比べて、比較的安全ではあるのだ。


 ……ただ、彼女の性格という、ただ一点を覗いては。



「買ってくれるまで、起きない!」


「……もう、いい加減にしてくれよ。それで先日はオリゼに怒られただろう。僕だって、君を彼女に頼んだ手前、雷を落とされるのは嫌なんだよ」


 この少女・エデンは、言ってしまえば子供だった。

 最初こそ『書』が狙われていることもあってか、「よろしくお願いします」と大人しくしていた彼女だが。


 オリゼと同居となり。

 本ばかり読んで目も合わせないオリゼと、そして『用心棒』としてなぜかオリゼの店に引き止められてしまった僕との会話に飽きてしまったのか、彼女はしきりと『首都の観光』をしたいと外に出ようとしていた。


 もちろん、厳禁である。

 あの『グルグ』という剣士は、僕一人の手には余る。エデンには大人しくして欲しかったし、実際、彼女がいなくなった『サーカス』は襲われることが一度もなくなったらしい。

 やはり、目的は『彼女』なのだ。


「……ちょっとは、大人しくしてくれよ。きみだって街中で『グルグ』に襲われるのは嫌だろ?」


「むう。それは、嫌だけどさ」


 僕は傍らの窓辺にいる、本のページをめくるオリゼに振り返った。

 救援信号を送ったつもりだが、無視だ。


 知らぬ、存ぜぬ。

 一切関与しない無表情に、僕は呆れて、


「……おい。淑女レディの一人。ちょっとは、こちらの淑女にも慎ましやかになるように催促してくれないかな」


「子守りは、私の専門外」


 ……はいはい。

 こういう時だけハッキリしているオリゼの顔に、僕は『子守り』の三文字は切り出せなかった。だって、たちまち嫌な顔をして、店を追い出されるから。


「僕は、これから一度帰りたいんだよ。家を出たままだから、いろいろ整理したい問題もあるし……それに、家人のセダンに泊まるって伝えたきりだ。父も、きっと僕のことを心配している」


「ダメよ。あなたは、私のそばにいるの」


「なんでだよ」


 僕の裾を、滑らかな絹地のドレスを揺らして握りしめてくる少女に、少し怯みながら返事した。これで異性として『寂しい』とか、『あなたが頼り』なんて言われると、僕だって友達とはいえ男なんだから少しは自尊心をくすぐられて、良い気分にならないとも限らなかったが。



「――『グルグ』とかいう祟り者が襲ってきたとき、誰が私の身を守るの」


 ……依頼人、放置かよ。


 僕はその答えに、どんよりとした暗い目を向ける。


 こんな時でも、オリゼはオリゼだった。

 僕がどういう状況に置かれようが困ろうが、関係ない。合理的な回答をしてくる。装飾の言葉なんて使わない。


 ともかく、だ。

 僕がこの『専門店』に留まる理由は、ひとえにオリゼが引き止めてくるからである。(……もともと、『依頼』を持ちかけたのが僕なわけだし)



「ねぇ。ねぇ。アストレアの『剣士』さん、アタシと一緒に『アップルハニー・パイ』を買いにいこうよー。おやじは、この国にくるといつも大枚はたいて、アタシにお腹いっぱい食べさせてくれたよ?」


(…………彼女、だいぶ甘やかされて育ったみたいね)


 僕が黙っていると、オリゼがそっと耳打ちしてくる。……相変わらず、見た目はともかく辛辣な舌をもっていらっしゃる。


 まあ、でも、その通りだとは思った。

 依頼については進展がないし、少女・エデンはこうやって、他人の屋敷で僕らを困らせてくるし。



 これでは、士官学校への出席にも支障が出る。

 昨日は少しの時間だけ授業に出て、早々と戻ってきた。僕が留守の間の門番は、短銃の心得もある使用人のセダンだ。


(……なんとか、ならないものか……)


 僕は、天に息をつくしかなかった。




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