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第二話 朝の音色はホットサンドとともに



 人に聞くのに、苦労する話であった。

 なにせ、酒場で会った年場もいかない青年に『――なあ、魔導書を扱ってる専門店って知ってるか?』と聞かれて、まともに相手する人間もいないだろう。


 たいていは、正気を疑われるか。酒に酔いすぎたことを自覚して、そのまま帽子を深かぶりして店を後にするか、のどっちかだ。


 だから僕は、この店の噂を集めるのに時間がかかった。オーナーの名前、どういう伝手があるのか、そもそも実在するのか、すべてが謎につつまれた不確かな噂話でしかなかったから。





「――ミヤベ様。ミヤベ様。一階よりお電話が届いています」

「?」


 僕が地元のタイムズ紙を読んでいると、部屋に使用人のセダンが現われた。

 少女を訪ねた、翌々日の朝だ。

 僕は木造の床を軋ませて階段を降りると、隣国の学者が開発した、世界で急速に普及しつつあるという『電話機』を手にした。



『――あら、寝ぼけ声ではないのね。感心したわ』

「あのね。僕はこれでも、士官学校の人間なんだ。通っている士官学校では、奨励の授与を受けたくらい生活リズムの整った人間なんだよ」


 朝は六時に起床。目覚めはレモンハーブティ。ホットエッグとロールサンドは朝食に欠かせない。家人たちが本格的に目覚めてくる頃には『イアイ』の武術鍛錬は終わらせている。


『――そしてお昼にはアストレア国伝統のホットサンド。粗挽きのウィンナーを挟んで、とか? あなた顔立ちが子供っぽいものね、お子さまらしくケチャップたっぷりかけて、オレンジジュースとのセット。じゃないかしら?」


 …………。


『あら、図星だったかしら?』


 くすり。電話の向こうで笑われた気がした。


「……。なんの用件だよ」

『先日、依頼を受けていた「魔導書」についてね。こちらでいろいろ調べてみたの。そしたら興味深い事実がいくつも出てきたわ。話を聞いていた以外の新発見もね』


 ……! 何か分かったのか?


 僕は顔を上げていた。この短期間だ。早い。


『ええ。それで、詳しくは電話ではなく会って話したいから、午後から「うち」に来てもらえないかしら。そこでいろいろ種明かしをしたいんだけど――』


 ……。けど?

 そこで、少女は止まった。


 続きを聞けそうなテンポだったので、僕はついぶつ切りになった会話に疑問を感じてしままった。


 よほど何か別問題でも発覚したのか。

 それとも電話ではさらに言いづらい用件でもあるのか。

 受話器の向こうでは、しばらく沈黙が続いてから、



『…………。話を聞いたら、私もホットサンドを食べたくなったわ』

「はい?」


 僕は、最初自分が何を言われたのか分からなかった。


『約束は、一時間前に変更ね。あなたは、あなたの家庭でできる限りの贅を尽くしたホットサンドを用意して、私の分も届けにきなさい。いい? それが依頼にあたって魔導書の話をする条件だから』

「おい。ちょっと待て」


 僕は慌てていた。

 どこの世界に、昼飯の欲求と依頼を天秤にかける人物がいるのか。しかし少女はすでに決めてしまったらしく、僕の話など聞かずに一方的に通話を切ってしまった。


 じゃ、よろしくお願いね。

 最後の彼女の言葉が、耳に残った。




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