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第一話 晴れた街角で



 週末になると、首都は休日の賑やかさに包まれる。

 ここ、アストレア国の休日というのは、決まって街にくり出して買い物を楽しんだり、川面に浮かぶ船に乗って街の見物を楽しむのが習わしとなっていた。


 国民的娯楽にも『お決まり』というのがあり、例えば食べものであったら通りの出店で買うホットサンド。道端では炎吹きの大道芸に、皿回しの雑伎。それに、街角で打ち合う『剣技』の音だ。



 とまあ、そんなわけで、


「――せやっ。うおおおっ!」

「はっ!」


 僕は街角で模擬演習の『木剣』を手に取り。石畳を派手に踏みならして突進してくる大男の木剣をいなしていた。

 腹に、一撃を叩き込む。……かなり手加減しているが、これは痛いはずだ。


「――ぐあああ、ま、参った! やっぱ強えよお前!」

「僕の父は、もっと強い」


 僕は木剣を、路上の審判に渡していた。

 周囲の見物客から、どよめきが起こる。


「すげえ、あの少年また勝っちまったぜ!?」

「これで十連勝か」

「ハンデに、ぜんぶ違う種類の『剣』を使ってるんだろ? さっきの勝負なんか小剣だったぞ」

「何者なんだ?」


 ざわめきの中で、見物客の波を押しのけて別の男が現われた。金の短髪に、ゴリラみたいな巨躯。士官学校でも見知っている。パリオットである。


「――おうおう。たまたま街角で『賭け試合』なんかやってるやつを見かけたら、素人相手に得意げになっているミヤベの坊っちゃんじゃねえか。ここはいっちょ、アストレア国の平和と秩序、ついでに愛を守る士官学校の俺様がコテンパンにしてやるぜ!」

「おう、いいぞー! 少年。やったれ、やったれ!」


 すかさず野次が飛ぶ。

 血気盛ん、お祭り好きのアストレアの民衆である。すぐに試合が始まった。


 僕は小さな木剣を構えて、様子を見る。パリオットはクレイモアに見立てた大剣を振りかぶり、豪快に振り下ろしてきた。おそらく、路上試合でここを切り回している商人が貸し出す中でも最大級の剣だろう。


 むろん、威圧感も抜群。僕は、唸りを上げて迫ってくるパリオットの剣技をなんとかかわして、すれ違いざまに腕と脇に木剣を叩き込む。

 士官学校でも、上位ランカー同士の試合である。

 互いの位置が入れ替わるたび歓声が飛び、晴天の下で応援も白熱した。やがて、三度目の位置が入れ替わったとき、パリオットの巨体が膝下から崩れた。


「――ああっ、また勝っちまいやがった!」

「くそっ。奥さんにもらった今晩の食材費、ぜんぶ使っちまったぞ!? どうすんだよ!?」


 民衆の野次が飛ぶ。

 再びの騒ぎの中で、先ほど打ち負かしたパリオットが「いてて……」と膝で起き上がった。この男とは、先日の士官学校の試合で面識ができている。


「くっそ……。真剣じゃなく模擬剣で戦ったらちったあマシに戦えると思ったんだが……。お前、マジで化物か何かなんじゃねえのか? オヤジも異常に強いし」

「うーん。たまたま、その日のコンディションがよかったということもあると思うけど」


 僕は頬をかいた。

 パリオットとは、あの一件以来。こうして普通に会話できるようになっている。


 最初は学校の『問題児』と、『疫病神』の決闘だったから周りの生徒も戦慄し、固唾を飲んでいたみたいだが……。


 当の本人、パリオットは闊達で、いかにも一昔前の傭兵然とした性格をしていた。僕の悪い噂を流さなかったばかりか、『強いやつは、強い』ということを認めてくれたらしく。よく僕を学校の模擬試合の相手に指名するようになった。休日は、こうやって街角で会えば会話もする。


「お前、なに食って生きてんだよ」

「えっと。なんだろ。強いて言えば、朝に食べるホットサンドは欠かさないかな」

「……分かった。じゃあ、俺も明日から三食ホットサンドを食べる」


 ……いや、さすがに三食はまずいと思うのだが。

 そういう問題でもないと思うし。

 ともあれ、パリオットトに「お前、この後は暇か?」と聞かれて、僕は素直に「用事はないよ」と答えていた。午後の陽気に誘われて交易通りまで足を向けたが、特に用事があるわけでもない。



「ん。そっか、そっか。じゃあ今日は俺様につきあえ。賭け試合のチップを独り占めなんか許さねえからな。せめて、俺が支払うチップ分くらいは街歩きに付き合ってもらうぜ」


 パリオットは僕に賭けのチップを渡し、見物客の輪から出た。


「――しっかし、珍しいこともあるもんだねえ。士官学校でも優等生のお前が『賭け試合』なんてな。剣の筋も荒れてたみてえだし、なんか憂さ晴らししたいモヤモヤでもあんのかよ?」


 僕は少し表情を硬くした。

 大雑把な性格をしているようで、剣に関しては細かなところまで見ているらしい。意外と鋭い指摘に、顔を合わせられず、


「……まあ、いろいろと。ね」


 僕は歩きながら空を見上げた。

 士官学校での『賭け試合』は、御法度である。

 国民的娯楽とはいえ、磨いた剣技を見世物にする考えはあまり好まれてはいない。僕も全面的に同意だし、パリオットも『悪事は見つからないところで』な人間だったが――。


 まあ、これには。なんというか。

 ちょっとだけ事情があって。


「……まあ、その。色々だよ。本当に」


 答えを曖昧に濁して、街歩きをした。



 ……原因は、考えるまでもない。

 先日の一件であった。


 アストレア国の辺境にあった屋敷での依頼。そこに住んでいた女性が、書とともに消えてしまった事実。その結果が、僕にとって衝撃的だった。生まれて初めてかもしれない。人が消えることに、あそこまで衝撃を受けたのは。


 あまりのことに、首都に帰ってきても気分が浮かなかった。それで数日モヤモヤして、気晴らしがてら街にでて投げやりに賭け試合になって出てしまった。

 ……きっと、教官の父に見つかったら剣士失格と叱責されるだろう。へたすると、親子の間で破門をされるかもしれない。


 でも、思う。


 ひと一人が消え、桜の花の悲しみが残ったのだ。

 そんなことあっていいのか。僕は思う。


 オリゼも正体は『詠唱鬼ヴァンドール』という書を吸収する血を持つ一族だった。書の文字を飲むことで体内の血に宿し、『小さな世界』と彼女が語る中身を理解する力。

 オリゼは、その力で先日の件を解決したのだが……。


 正直、僕にはハッピーエンドとは思えなかった。胸にはやりきれなさと複雑さが残っている。


 物語の終わりは、いつも『こう』なのかな。

 どうしようもない救いのなさと、行き場を失った思い。

 そして、ただ残された日常が、その『人たち』を忘れたように――続いていく。今までと、何も変わらない街並みが。



(……オリゼも、最近は顔を見ないな……)


 僕は思う。

 彼女は、あの件以来。あまり屋敷の外で顔を見なくなった。もともと人嫌いで閉じこもりがちな性格をしているのだ。雨の日のような暗い顔で本を読んでは、ときどき物思いに耽るように窓を見上げていた。

 彼女も、彼女なりになにか感じるところがあったのだろうか。


「――お。ミヤベ、見てみろよ。交易通りの中に大道芸サーカスが出てるぜ。踊り子の服の鳥模様からして、北国の民族衣装らしいな」


 パリオットが、指さす。

 僕も振り向いてみると、カラフルな天幕で、ひときわ交易通りでも目をひく大きなテントが建っていた。


 大道芸の一団。

 数年かけてアストレアの周辺国を巡っている、大サーカスの一座が街を訪れたらしい。


 ……そういえば、今朝。家人たちが話していたな。


 思い出す。

 なんでも、古い伝統のある一座だという。その観客を魅了する演出は『月と夢の演芸劇場』と称され、それがそのまま大道芸の一団の名前に使われるようになったのだとか。



「どうだ、行ってみねえか?」

「え。でも、僕とパリオットで行くのかい?」

「いいじゃねえかよ。面白そうだ。男同士で娯楽をやっちゃいけねえって決まりもねえだろう。俺もどうせなら美女がよかったが、まあ、自分を倒した剣の申し子と行くのもアリだ。少し前まで敵対していた『竜』と『獅子』が、肩を並べて賑やかな舞台を観てやるっつーのもオツなイベントよ。なに、面白くなかったら最悪酒でもかっ喰らってやればいい」


 いや、ちょっと待て。僕たち未成年だぞ!?


「細けえこたあ、いいんだよ。んで、どうする? ミヤベの坊っちゃん。サーカスに行くのか、行かねえのか」


 すでに乗り気になっているパリオットは、色鮮やかで目立つテントを遠望していた。天幕に入る人だかりで、混雑しているのがここからも窺える。


「俺様的には、優等生のお前を最初から酒場に連れてって、倒れるまで飲ませてやりてえ――なんて目論みも悪かねえと思ってるんだが、よ」

「…………分かったよ。サーカスに行くよ」


 僕は諦めて、肩を落とした。


 とんだ娯楽もあったものである。






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