学園きっての問題児
――召喚術。人が持つ魔力を用い、召喚獣を喚ぶ術。
召喚獣とは、異界に住むクリーチャーの中でも、人間と契約を結んだクリーチャーの総称。
召喚獣は様々な形で人類に広く貢献していた。
火や水、電気といったそれらの存在は、八割近くが召喚獣に頼り切りで。
そうしたために召喚獣は、人類に居なくてはならない存在と課していた――。
人種国の中ではトップ3に入るであろう程に盛んな国、セントラル王国。
生産業、工業、商業などといった産業だけでなく、召喚界でもトップに位置する国、それがセントラル王国である。
そのセントラル王国の、東領区域の、聖東セントラル学園の、高等部校舎付近の、巨木の根元、
そこで、すやすやと寝息を立てて眠りに着いている人物が居た。
彼こそが、聖東セントラル学園――通称 東学が抱える一番の問題児、如月弥生、ソイツだった。
――この学園、東学は一般的な学校や学園とは遥かに違った学園である。
毎年三千人を越える入学希望者で溢れ、
国からは(それだけで一万人の人口の村が一年は余裕で暮らせるほどの)莫大な支給品が毎年送られ、
就職率はほぼ全員が(心底からの第一希望ではないにしろ)第一希望を合格、
学園の広さや造りといったものは、(東領区域で東学の次に大きい学園の三倍と)広大な敷地面積を誇り、(毎年の維持費だけで城が一城建てられるのでは無いかと思えるほどに)莫大な資金を費やすほど煌びやかで、鮮やかで、
果たしてどうしてそこまでの援助を受けているのか。
それは別に、学生全員が優秀で頭脳明晰であったり、全員が全員爵位持ちであったりというわけではない(無論必然的にそうなりかけては有るが)。
むしろ一般教養こそ(学校によりけりだが)目に見えるほどの違いはなく、入学条件が資産家であるといった条件も存在しない。
では(二度目となるが)なにがそれほどに東学が他学校・他学園とは違った絶対的優遇を受けているのか。
それはある、たった一つの専門科目の存在の有無が引き起こしている優遇なのだ。
その専門科目とは、
『召喚学科』
――――召喚。その単語は今となっては全世界に共通として知られている言葉だ。
召喚とは内に秘めし力たる魔力を元に、異界に住むクリーチャーを召喚することを表している。
つまりは召喚学とは、その召喚に関するありとあらゆる専門的知識を学び身に付ける科であり、この東領区域に東学のみにしかなく、セントラル王国全域で見ても四校しか在校しない大変希少な学舎なのだ。
因みに閑話となるが、東学を除いた残り三校は推測が立つように聖東セントラル学園の東を、西または北、もしくは南に変えただけなのだ。東学と同じように、西は西学、北は北学、南は南学となる。
さて、これは休題として――果たしてしかし、そんな誰しもが入学を希望し、入学条件に当てはまり難関を通過し入学をしたにも関わらず、授業に参加せず、眠りにほうけるような呆れた輩は存在しない。
そう、この最大の問題児、如月弥生一人を除いては。
――初等部、中等部、高等部の生徒、総勢2500人弱を誇る東学で、授業、それも(如月弥生の所属するクラスの現在している授業である)召喚学の授業に参加しないなど彼しか居ない、それも校舎敷地内の巨木に堂々と寝付くなぞ居ない、居てはいけないのだ。
もし仮に居たとするならば、早急に学園側で対処を取り、それなりの処罰を受ける事は必至だ。
だがしかし、弥生この者だけは、のうのうと眠り込んで居るのだ。
――サァァァ……。風に葉や草が靡き、囁きほどの音が、この静寂の空間に流れる。
そんな静寂を乱す、不埒極まりない輩が突如として訪れた。無論、そう論じたのは後の如月弥生本人であるが。
ザッと地面を踏み込む音。その次には、鈴のようなリンとした声が響く。
「如月君っ、また授業に出ないでここで一体何をしているんですかっ」
仰向けに、両腕を枕に、足を組んだ状態で、どう見てもぐっすりと眠っている弥生に彼女は問い掛ける。
勿論、何をしているかなど一目見れば――百人中九十九人が応えを聞く前に判断を下すほどに――分かるものだが、彼女はそんな普通に外れた一人であり、きちんと相手の意見を聞こうと尊重したがために聞いたのだ。何をしているのかと。
しかし彼女の質問を、弥生は無視した。……否、正確にはぐっすりと眠っているのだから無視をする、という表現ではなく聞いていない、といった方が正しいのだろう。
とはいえ無視にせよ聞こえていないにせよ、聞いていないのでは話にならない。そう“いつものように"判断した彼女は、二言、文言を発した。
「出てきて、タマ」
そのたった二言だけで、彼女の右足元斜め前位置に、煙と共に小さな動物が、一匹――もとい、一尾、前触れもなく突然に姿を現した。
狐だ。
これこそが、この全世界では既に必要不可欠となった、召喚と呼ばれる現象である。
となると、このタマと呼ばれた狐は召喚獣と評されるクリーチャーではあるわけだが、見た感じでは普通の狐と大差ない、むしろ小さく小型の動物に見える――。
手のひらサイズ程の狐は、尻尾を自在に操り顔をふわふわと撫でる。なにやら寝起きの人が目を擦っている光景が目に浮かんでくる動作だが……。
『ふむ……主よ、もしやまた、か』
タマは、気の済むまで顔を擦ったのか、口を開いた。
そう、口を開いたのだ。口が小さいので動きはギリギリ視認が出来るくらいの微々たるものなので、適切な表現をするならば、人語を喋ったのだ。
――これが普通の動物と呼ばれる生物と、召喚獣の非常に判別しやすい差である。
召喚獣と評されるクリーチャーは、人語を口にすることが可能なのだ。正確に説明するならば、人語もであり(タマであれば)野生の狐ともコミュニケーションをとることが可能なのだ。
「ごめんね、いっつもこんな事で呼んで」
本来であれば、……そう、本来であれば謝るべきなのは彼女では無く、この幸せそうに眠る問題児であるべきだ。
が彼女の性格かタマに謝辞を述べるのはいつも彼女だ。
そんな主の姿を見て、タマは主が主で良かったと思うと同時に、毎度の如く主と自身に迷惑を掛けるこの餓鬼に対して怒りを込み上げていた。
「あんまり遅くなると私も授業に少しも出られなくなるから、タマ、いつもみたいにお願い」
『了解した、熱いのを一発お見舞いしてやるわい』
タマはそう返事をすると、気持ち良さそうに……ではなく気持ち良く眠る弥生の胸元に飛び乗る。
タマは眠り顔の弥生と相対する。
この一月と満たぬ間に幾度となく目にしてきた寝顔。何度見ようともどこか感じる癒される感覚と、しかしそれ以上に主に迷惑を掛ける事への怒りがタマの心中を渦巻く。
タマが乗った事で、弥生が心做しか寝苦しそうな反応を示す。
「ん、んっ……んー…………」
それも一瞬の事で、またすやすやと気持ち良い寝息を放つ弥生。
そんな弥生にとうとうタマが仕掛けた。
動けばギリギリ分かるミニクロマウスを開き、
――――ボウッ!
野球ボール程の火の玉を口から放ったのだ!
それは当然にして目の前の弥生の顔に直撃する。そうして顔に衝突した火の玉は、波紋のように顔全体に広がり、
「ぶわっ――――ちいぃぃぃぃぃッ!!!? ぐわっ、ちょっ、あちぃっ、いきなりなんなわけよ、ウケるんだけどっ」
モロに喰らった弥生は顔を押さえてその場で横になったままゴロゴロと転がり始めた。そして何が面白いのか弥生は笑っている。
タマは弥生が反射的に体を飛び跳ねさせた際に、その勢いに乗った形で距離を取っていた。
あちぃあちぃと笑いながらに騒ぎ転がる弥生を蔑視しつつ一息つくタマ。これにてタマのお役目は終了だ。
……しかし、とタマは弥生を見やる。
いつも疑問に思う。こやつは自身の火の玉を至近距離ゼロ、加えて防御力の薄い顔に喰らってどうしてこれだけの反応で済むのか。それが不思議でならなかった。
とはいえ――召喚師に成りうるべき絶対的条件に挙げられる内の一つに、魔力持ちである事とあるが――こやつも魔力をきちんと有しているのだからある程度頑丈な体なんだろうと、そう考えを落ち着かせていた。
それに、馬鹿は何かと頑丈なイメージがあるからの。などとタマは嘲笑する。
「如月君、そんなところで転がって制服を汚しては駄目ですっ」
巨木の周囲に木々は無いが、変わり、といってはなんではあるが、雑草が一杯に生えている。それだけでなく地面なのだから当然土も有る。それら草や土が東学の証たる制服を汚しているのだ。
されど弥生はその注意に意見を唱えた。
「ならこんな起こし方を辞めやがれこのやろうっ!」
どんな身のこなしで起き上がったのか、弥生はその場に立ち上がりそう叫んだ。
その素早い動きにタマが感嘆する。しかし主である彼女は怒った表情を見せていた。
「それは如月君がいつまで経っても私の忠告を聞き入れてくれないからです。私だってこんな真似はしたくありませんっ」
それを言われてしまってはグウの音も出ない弥生……では到底無かった。
「忠告ってのはアレか、授業をサボっちゃいけませんってヤツですか。ですがね委員長、これは俺の事情だ、授業に出ない事で委員長に迷惑を掛けていのか?」
弥生の意見も捻くれては居るが正論だ。授業に出ずに出席日数が足りず、または総合成績で基準に満たなくとも、残留するのは弥生自身だ。
つまり実質上彼女には害は無い訳である。
委員長と呼ばれた彼女はそれを聞いて、そうですね、と呟き頷く。
お、今日はやけに素直だな、と弥生が思ったのも束の間、委員長は直ぐに反撃に出た。
「確かにそういった面では私が如月君から害を被る事は無いです」
ですが、と彼女は続けて、
「クラスマッチ」
一言、簡単に彼女は呟いた。
それにピクリと弥生が反応を示す。その簡単な一言だけで弥生は彼女が何を言わんとするか理解したからだ。
「クラスマッチは各クラス毎に召喚獣を使用した模擬戦で、これのクラスの成績によってはクラス全体の成績に反映します」
彼女の言い分はこうだった。
弥生が授業に出ずに弥生がクラスに迷惑をかけ、クラスマッチに負けてしまう可能性が有る、と。
その事を事情も知らない一般人がこの話に参加したならば、確かに弥生が委員長である彼女に迷惑をかけると判断を下すだろう。
ただし、事情を知らない一般人であれば、の話ではあるが。
これをもし他の、高等部二年の誰かが耳にすれば、嘲笑し言うだろう。どうせ変わらない、と。なぜなら、
「おいおい委員長、何言ってるんだ」
ヘラヘラと笑う弥生は、弥生が召喚学に参加しない事情を口にする。
「委員長も知ってるだろ。俺は――――召喚する事が出来ないんだぜ?」
そう、それこそが弥生が抱えし事情。
弥生が口にしたよう、この男、如月弥生は召喚獣を召喚出来ないのか。
どうしてか、答えは簡単だ。
Q、なぜ如月弥生は召喚出来ないのか
A、召喚獣が居ないため
召喚獣が居ない、それは未来の召喚師を育てているこの学び舎では、致命的に近い欠点と言える。
――セントラル王国に立在する四つの召喚学園は、共通して初等部から中等部に上がって最初の授業でパートナー(召喚獣)を喚ぶ。それ以外の方法で召喚獣と契約するのは法で規制されている。……無論中には例外も存在するが。
そして喚んだ召喚獣と契約を果たすことによって、完全なるパートナーとなるわけだ――。
が、しかし、だ。如月弥生は高等部から編入という形で入学式の日からこの学園の生徒に仲間入りしたのだが、当然法の下、召喚獣が居ないので最初の授業が召喚学と言う事もあり、召喚獣と契約を取る経緯になったのだ。
果たしてしかしどうしてなのか弥生が喚ぼうとも一向にして召喚されなかったのだ。何度試してみても、だ。
それから、というよりも入学したその日からだった、弥生が落ちこぼれと呼ばれ始めたのは。
弥生はそれ――落ちこぼれと呼ばれること――が嫌でこうして召喚学をサボタージュしている……わけではない。これに関してはただ単に弥生のサボりグセゆえのものである。勿論周囲からしてみれば逃げているようにしか見えていないわけだが。
「そんな俺に召喚学を学ばせても意味なしだろ。つーわけで俺はこの時間は貴重な睡眠時間として扱わせて頂いてるってわけだ」
言い終わった弥生はこれでコイツも引き下がるだろうと判断し、再度横になった。
彼女も弥生の言い分を聞き、瞳を閉じた。
それもほんの数秒のことで、彼女はゆっくりと瞼を開けると、
「タマ」
とタマの名を呼んだ。それだけで我関せずとばかりに毛並みを整えていたタマは、任せるが良いとばかりに歩みを始め弥生に近付くと、
――――ボウッ!!
とまたもや弥生に向け火の玉を放ったのだ。
既に油断し瞬時に眠りについていた弥生は、本日二度目となるその熱い痛みを一身に受け、苦悶の叫びをあげた。
「ッぐおぉぉぉぉお!? ちょっ、おまっ、何してくれてんだよ!」
うおぉぉ! と叫びのた打ち回る弥生。一日に二回受けたら緩和する、慣れる、なんてことが有るわけも無く、激痛が弥生を襲う。
「確かに……」
痛みに悶絶する弥生に対しての言葉にも関わらず、弥生の現状など知ったことかと委員長は話し出す。
「確かに如月君の言う通り、召喚獣を持っていないハンデを抱えてますから、召喚学を学ぶ事は意味の無いことなのかも知れません」
静かな、冷静な声。それに対し弥生は空気も読まず「俺の顔は火の玉を当てられる的として作られたのか!? 否、断じて否! 俺の顔は可愛い少女や綺麗な女性を虜にし、イチャイチャするために作られたのだ! つまるところイチャイチャしたい!」などと頭が逝かれた発言をしている。
それを気にせず、いや、それに気づかずにであろう、彼女はたんたんと話す。
「ですが……それでも、それでも如月君が上に上がることを諦めてしまうのは駄目ですっ!」
無意識に彼女の語気は強まる。これに対し弥生は「そういや俺生まれて此の方一度もモテたこと無かったな、なんでなんだ?」と全くもって聞いていない様子。
そんな、主である彼女の話に耳を傾けようとしない弥生を見兼ねたタマが『お主、ちゃんと主の話を聞かんか。じゃからお主はモテんのじゃ』と実に的確な回答をしてやった。
「こう言ってはアレですが、正直私はクラスマッチの勝敗や、況してや高成績といったものは気にしません」
タマに注意を受け、真面目(?)に話を聞くことにした弥生は、委員長の発言に、心中で「それはそれで学生として問題だろ」と突っ込んでいた。無論サボタージュと、成績を下げるような行為に及んでいる自身のことは棚に上げた突っ込みである。
「ただ、私は如月君に諦めて欲しくないんです。周りからなんと言われようと、如月君が諦めなければ希望は必ず有ります」
でも……、と今まで焦点のあっていなかった彼女の視線が弥生の目を射した。
「如月君が諦めたらそこで終わってしまうんです。……ですから、お願いですから一緒に授業を受けましょう」
最後は実に素晴らしく迫力があった。そう弥生は感じた。静かだが、心に響く言葉だった。
それを聞いた弥生の返事は決まったも同然と言えよう。
「はぁー……ったく、仕方ねぇなぁ、そこまで言われちゃ俺も断り切れねぇよ」
ならっ、と委員長は表情を明るくさせる。
弥生も立ち上がり委員長のその笑顔に答えてやるように笑って応えた。
「あぁ、行くよ、行きゃあいいんだろ、行ってやるよ――――――――――――――――――――――あと一時間寝たらなっ!」
「それじゃあもう授業が終わってます!」
『それでは遅いじゃろうが!』
弥生に、委員長とそのパートナーのシンクロ攻撃が勢力良く直撃した。
それによって弥生が上げた悲鳴に重なり合うように、授業終了を知らせる合図が学園全体に響き渡った。