正義の悪者
そうだ、世界征服しよう!
「よし決めた! 世界征服をしよう!」
少女は立ち上がり恥ずかしげもなく叫んだ。
少女の名は『想井 月』。見た目は普通の高校生だが……。
「私たち『ナゼカゥラメ星人』の影が薄いのは地球人達に馴染みすぎているからだ!」
宇宙人である。
地球には私たちが知らないだけで、多くの宇宙人が生活している。
マンションやアパート等で隣人に壁ドンされたことはないだろうか?
あれは『カーヴェドゥン星人』。彼らは『ミミー』という宇宙生物を身体に飼っていて、周りの音をよく調べさせているようだ。
タバコを溝に捨てている人を見たことはないだろうか?
あれは『ミゾニスティル星人』の仕業だ。溝に落ちているゴミはほぼ彼らの捨てたものである。
自転車に二人乗りしているリア充を見たことはないだろうか?
あれは『ニッケツ星人』。彼らは「リア充爆発しろ!」という罵倒を聞いて喜ぶM気の強い変わった宇宙人だ。
おっぱいが好きな男を見たことはないだろうか?
それはただの『おっぱい好き』だ。
このように宇宙人は我々の身近に多く潜んでいる。
「せっかく身体も人間より丈夫で、身体能力も高いのに。右手をかざせばバリアが出せるし、手を十字に交差させればビームも出るのに。これを活かさないなんて勿体ない!」
しかし少女は悩んだ。
「世界征服って、どうやったらいいんだろう?」
マンガなどで世界征服はよくある話だが、現実にやるとなると手本がない。
そもそも、手本があった時点でこの世界は既に征服されていることになるのだが……。
「うーん、でもやっぱりお金よね。資金がないと何もできないし……」
そうなると必然的にやることが決まった。
「銀行強盗ね!」
善は急げ。
少女は早速行動に出る。
銃や刃物などの凶器は必要ない。
ビームが出せるし。
お金を詰め込ませるための鞄と、顔を隠すための覆面が必要だ。
「えっと、こんなもんかな……」
少女が用意したのは旅行鞄と、適当な紙袋。
紙袋を被り、ちょうど目の位置に穴をあける。
「よし! 準備万端!」
少女は荷物を持ち部屋を出る。
「あら月、どこかへ行くの?」
少女の母親が尋ねる。
「うん! 銀行強盗!」
少女は元気よく答えた。
「そう。気をつけるのよ」
「はい!」
「……え? 銀行強と……、ちょ、ちょっと月! 待ちなさ……!」
少女は玄関から飛び出していった。
「まぁいいか」
母の心は広かった。
「よし!」
少女は通学用の自転車に跨がると、勢いよくこぎ出した。
その速さは常人のものではない。
彼女は宇宙人なのだから。
「着いた……」
少女はあっという間に銀行にたどり着いた。
「あれ?」
しかし銀行の周囲が騒がしい。
人集りと、パトカーの集団が銀行前を埋めつくしていた。
「銀行強盗だって」
野次馬の中からそんな声が聞こえた。
「え、私まだ……」
少女は狼狽えた。
自分は何もしてないのに狼狽えた。
『既にお前達は包囲されている! おとなしく出てこい!』
最早お約束すぎて最近では逆に聞かなくなったセリフが拡声器から響いてきた。
「うるせぇ! こっちには人質が居るんだ!」
「ひいぃ! 助けてぇ!」
銀行強盗と思われる男が人質と思われる女のこめかみに拳銃を突きつけて現れる。
「余計なことをしてみろ、中にいる連中を一人ずつ殺していくからな!」
銀行強盗は建物の中に消えた。
「っく! どうすればいいんだ!」
先ほど拡声器で犯人たちに呼びかけていた刑事がバンとボンネットを叩いた。
なんとも頼りない刑事だ。
このままだと銀行強盗が逃げ出してしまう。
しかし、それでは少女が困るのだ。
なにせ、自分が奪う予定のお金を持って行かれてしまうのだから。
「やるなら……今ね!」
少女は決意した。
野次馬から少し離れ、ビルとビルの間に自転車を置き、用意していた紙袋を被る。
「準備万端!」
銀行強盗強盗だ!
◇
「とう!」
紙袋を被った変人が飛び出した。
「な、なんだ君は!」
刑事が変人に向かって叫んだ。
しかし変人は刑事の言葉を無視して銀行へと向かっていく。
呆気にとられぽかんとしている警官たち。
「な、何をしている! あの変態を止めろ!」
警察が動いたときには、変態は既に銀行へ乗り込んだ後だった。
◇
「な、なんだこいつ?!」
銀行強盗は変態を目の前にたじろぐ。
「あなた達! 銀行強盗なんてやめなさい!」
変態は銀行強盗に向かって叫んだ。
「なんだ?! 正義の味方のつもりか!」
銀行強盗は拳銃を変態に向けた。
銀行強盗は全部で五人。
うち一人は人質に銃を突きつけている。
「正義の味方?! 笑わせないで! 私は銀行強盗よ!」
「はぁっ?!」
「それは私が貰うはずだった金よ! 私に寄越しなさい!」
「バカにしてんのかっ!」
ナイフを持った強盗が飛びかかってきた。
変態……もとい、少女は強盗をビンタではたき落とした。
「は?」
「二度は言わないよ! その金の入った鞄を寄越しなさい!」
二度目であるが気にしてはいけない。
「かまわねぇ! 殺っちまえ!」
拳銃を持った強盗が少女に向かって発砲する。
が、少女は弾丸を掴み取り投げ捨てた。
「は、はぁっ?! なんだよそれ?! と、とにかくお前ら数でいけ!」
強盗三人が凶器を持って少女に襲いかかる。
「おとなしく投降すれば──」
などと少女は言い出すが、今更である。
「危害は──」
一人目を蹴り飛ばし。
「加え──」
二人目をたたき伏せ。
「ません!」
三人目をデコピンで弾く。
「って言おうと思ったのに!」
残るは人質を取った強盗一人のみ。
もはや開いた口が塞がらないようで、なんともお間抜けな顔で拳銃をぷるぷると握りしめていた。
「とにかくこんなバカな真似は止めておとなしくしなさい!」
「お前が言うなあぁぁっ!」
「ご両親が泣いてますよ!」
「だからお前が言うなぁっ!」
強盗は人質に突きつけた拳銃の引き金に力を入れる。
「こっちには人質がいるんだぞ! こいつがどうなってもいいのか!」
「いいですよ」
当然だ。
なぜなら彼女は。
「私も銀行強盗だし」
というわけである。
「それに、殺したらあなたの罪が重くなるだけで、私には何の関係もないですから」
強盗はもはやなにをすることもできなかった。
いろいろな思考が頭を駆け巡り、そして最後には。
「うわああああああああっ!!」
ぷっつんした。
「きゃあっ!」
人質を突き飛ばし、少女に向かって銃を乱射する。
しかしそれは無意味だ。
少女は宇宙人パワーで全ての弾丸をはたき落とした。
──カチカチ……
そして弾切れ。
「くそっくそっ!」
なおも暴れ続ける強盗。
「おとなしくしなさい!」
面倒くさくなった少女は体の前で手を交差させる。
そう、ナゼカゥラメ星人はビームを出すことができるのだ!
──ビー!
どこか懐かしいエフェクトと共に少女の交差した手からビームが放たれ、それは強盗に命中し、小規模の爆発が起きた。
「威力は最小限です!」
ぷすぷすと焦げ気味になった強盗は、口から煙を吐き出した。
「ま、まさか……。ガキの頃憧れたウルト○マンに出会えるとは……」
強盗はバタンと前のめりに倒れた。
「あ、あんな宇宙人と一緒にするなあぁっ!」
少女は酷く憤慨した。
しかしすぐに我に返る。
そうだ、彼女はこれから銀行強盗をしなければならないのだ。
「さ、さあ! これで邪魔な銀行強盗は始末したわ! あなたたち! この鞄に──」
「ありがとうございますー!」
「え?」
銀行の中は何故か歓喜で溢れていた。
「あの、私……」
「ああ、申し遅れました、私この銀行の支店長にございます。この度は危ないところを救っていただき心より感謝申し上げます」
「いや、だから私は銀行強盗……」
「いえいえ、見事な作戦でした! 銀行強盗を装い、相手を混乱させ、その隙に強盗を倒してしまうとは!」
「銀行強と……」
「どうかその紙袋を取って素顔を……」
「だめっ! それはだめっ!」
銀行強盗が自ら覆面を取るなどあり得ない。
「なんという奥ゆかしい方! 善行で見返りを求めはしないという姿勢! 敬服いたします!」
「だから私はこれから……」
「もう行ってしまわれるのですか? ではこれを、少ないですがせめてものお礼です」
差し出されたのは銀行強盗が金を詰め込んでいた鞄。しかも中身は入ったままだ。
「ご心配なさらず! 責任は全て私が負います!」
支店長は胸をドンと叩いて任せておけといった風だ。
「ま、まぁ、それなら……」
◇
「静かだな……」
あの変態が銀行に入ってから一切音沙汰がない。
刑事は突入するべきか迷っていた。
そんなとき、銀行の入り口が開き、支店長が現れた。
「我々は無事です! 銀行強盗は中でのびています!」
「いったいとういうことだ?」
刑事は首を傾げるしかなかった。
◇
翌朝。
『紙袋を被った何者かが事件を解決!?』
新聞の一面にそんな見出しがでかでかと載っていた。
『正義の味方はウル○ラマン? 犯人、目撃者の証言によると、その人物は交差させた手からビームのようなものを出し……』
少女は新聞を投げ捨てた。
「ちーがーうー! 全然違う!」
ナゼカゥラメ星人が目立つどころか、少女は悪者にもなれなかったのだ。
「い、いや、でも資金はできたわ!」
少女は立ち上がる。
「次は秘密基地と兵器の開発よ!」
想井月の世界征服はまだ始まったばかりだ。
◇
なぜか全ての行動が裏目に出る人を見たことはないだろうか?
彼らは『ナゼカゥラメ星人』なのである。