終結 深撃のダブル・トルペード
面接のように向かい合う椅子。
教室の中央付近、その片側に4脚、もう片方には2脚の椅子をわざわざ設え、今まさに停戦交渉が行われようとしている。
周りに散乱した机や椅子などの風景のど真ん中に、等間隔に置いてある椅子というのは、まるで未確認飛行物体が麦畑を蹴散らして出来るミステリーサークルよろしく不自然この上ない。
俺達が去った後、この教室を通り過ぎるであろう他の生徒達がこの光景を見たら、一体どう思うんだろうか。
「えらくぶっ飛んだ面接試験会場だな」か?
いや、「実録、全共闘時代!」とか? なんだよ、それ。
「トオルっちってばっ!」
隣に座っている若菜が耳元で叫んで、初めて俺は自分が深く考えていた事に気がついた。
しかも内容がこの"話し合い"に全く関係がないとあっては、流石に今考えてたことを気軽に披露するわけにもいかない。
下手したら、全員から大目玉を食らう羽目になる。
「あ、ああ、聞こえてる聞こえてる」
「どうしたの? 考え込んでるみたいだったけど?」
あー、聞かれるよな、そりゃ...。
「なんというか、俺達が去った後のこの教室の状況を他の誰かが見たら、どう思うかなって」
当たり障りのない、極めて平凡な回答だと我ながら思うものの、やれ「全共闘が〜」なんてことを一高校生が言い始めたら大目玉どころか危ないヤツと思われてしまう。
太腿の間に両手を挟みながら座っている若菜が、 軽く背筋を伸ばして周りを見渡す。
「ここで誰か戦ってたんだなー、って思うんじゃないの?」
「話す為だけに椅子をわざわざ集めましたって、誰も思わないんじゃないかなーって」
実際、ここで話すためだけに椅子を集めてくる人間はそう多くはないだろう。 明らかに無駄な、無駄すぎる時間と体力の浪費である。
「どーでもいいから、さっさとはじめようぜ」
顔に紫色の大痣をいくつもつけたニコポが、不機嫌そうに吐き捨てた。
最後に別れた後、掴んだ手を振り解こうとした水泳野郎に顔面にしこたま拳を叩き込まれたんだろう。
想像するだけで、金玉が縮み上がってしまう。
そこまでしてようやく生け捕りにした相手を、手放さなければならないとしたら、確かに暴れたくなる気持ちも分かる。
実際、和解できそうだという話をした時にニコポだけは強硬に反対し続けたせいで、20分も時間をロスしてしまった。
結局保険というか...あの水泳野郎を捕まえた水瀬さんの能力だけは解除しないことにして、最後はニコポが折れた。
「君達は...本当に僕達を殺そうとは思っていなかったんだね?」
水泳野郎が、背中に馬鹿でかい"衛生陶器"、すなわち便器を背負いながら確認するように言う。
学校に設置してあるのよりもさらに一回り大きいサイズの男性用小便器を背負っているせいか、膝で腕を支えて前のめりになったまま、こちらを見ようともしない。 というか、重すぎて碌に見れないのかもしれない。
ただ、男性用の便器を担いだことがある人間なんて稀だろう。 そういう意味ではこの水泳野郎は貴重な経験をしているに違いない。 全くもって羨ましくないけど。
「そもそも、僕等はなんでこの行事が行われてるのか知りたいだけですし、できれば誰とも戦いたくないんですけど」
「残念だけど、君、それはきっとできないよ」
水泳野郎が麻子、と隣の彼女へと呟くと、麻子と呼ばれた女子生徒が一枚の"手紙"を差し出してきた。
ちょっと逡巡したものの、若菜に肩を突っつかれたので、恐る恐る片手を差し出す。
「流石に、この状況で能力なんて使いません!」
なかなか手に取ろうとしない俺に女子生徒が半ば憤慨したように言う。 その怒った口調に窓の方を見たままのニコポが鼻を鳴らす。
「ついさっきあなた方が来る前、いつの間にか私達のすぐ近くに"置かれて"たんです」
「置かれてた?」
なんだなんだ、またおかしな事案が発生しようってのか...。
「じゃあ...失礼します」
手紙を開いてみると、そこには書道の先生が書いたかのような文字が綺麗に躍っていた。
だが、本当に驚いたのはそこに書かれていたことだ。
『原幸光君、原麻子さん、あなた方の参加目的を推察させて頂いた結果、あなた方には行事から"早抜け"できる権利を与えたいと思います。』
「早抜け...?」
早抜け...この行事から、この戦いの舞台から途中で降りられる権利、のこと? 多分だが、そうだろう。
逆にいえば、この行事から逃げるには"権利"が必要ということになる?
とにかく、続きを読もう。
『権利行使条件:これからあなた方を殺しに来るであろう4名の参加者を戦闘不能、又は殺害すること』
『権利行使後、新たな手紙を設置します、手紙の内容に従ってください』
くそ、一体誰が生徒同士をけしかけてるんだ?
やれやれ、さらに面倒事が起きる気がしてきたぞ。
結果
引き分け
お相手
原幸光 水泳部
原麻子 文学部




