幕間:三年校舎の懲りない面々
「あ、若菜...」
3階に続く階段をふと見上げると、若菜と水瀬がいた。
しゃがみこんで俯いてる若菜と、その傍らで水瀬が寄り添っている。 若菜の髪や制服は、さっきの戦いで消火剤をもろに浴びたせいか、見る人が見ればいじめと勘違いしそうなほどに桃色がかった白い粉に塗れている。 無論、使った俺も似たような状況になっているんだが。
「お前等何やってんの?」
「...若菜ちゃんが泣いてるの」
「......水瀬よぉー、お前はロシア人よりも日本語の言語理解力が低いのかぁー?! 泣いてるのは見りゃ分かる。 最初から泣いてたからな。 だが"ここ"で、泣いてるその理由を、俺が、改めて、聞かないとだめかぁー?!」
「...だって、それ以外に説明しようがないもの...」
「まぁ、いい。 それでだ。 三上が復活した」
こいつらなんで会話が成立してるんだ? っていうか水瀬さん、あんた俺とニコポであからさまに態度違わないか? くそ、俺の立場は一体なんなんだ。
「おーい森崎さんよ。 三上が気がついたぞ」
「うぅ...一生トオルが起きなかったらどうしよぅ...」
「おいってば、三上が気づいたって!」
「...うぅ...」
若菜の奴、意外にも俺をここまで慕ってくれていたのか。 ちょっとムネキュンだぜ。
「トオルっちのお母さんに...なんて言い訳すればいいのぅ...」
そっちかよ。
「若菜! いつまでもへたばってはいられないんだ! 泣いてる暇はねぇぜ!」
「...うぅ...う...ぐすっ」
聞こえてないし。 やっぱり面倒な奴だな、こうなりゃ奥の手を使おう。
俺は優しくはない、しかも相手が気心知れた幼馴染であれば尚更だ。 強制連行とは、こういう時にするものだろ。
素早く、且つ冷静に右手をするっと膝の下へ、反応するより前に左手で背中を支えて一気に...
「なんだあれはぁー!! お姫様だっこだあぁー?!」
流石のニコポも意表を突かれたようだな。 そう、このお姫様だっこはただのお姫様抱っこじゃぁねぇ。
「シチュエーション的には眠り姫の童話のように! 優しく若菜を起こすことができるのだぁー!」
「セクハラだろ」
「...セクハラ」
ああ、まぁ、こういうこと言われるから奥の手なんだけどね。
「トオルっち...大丈夫なの?」
「ああ、ちょっと脳味噌に空気が足りなくなって失神してただけだよ」
「良かったぁ...うぅ...」
こ、こうしてお姫様抱っこしながら嬉し泣きされると、幼馴染だってドキドキしちゃうじゃねぇか。
ちょっともうしばらくこう...しててもいいかな?
「おい水瀬。 なんなんだよこいつら、バカップルかぁ? こんなん見てても面白くねぇぞ」
「...好きな人だからでしょ...」
「貴方達、まだここにいたの?」
おお、坂上先輩がやっと追いついてきた。 俺と若菜に比べれば量は少ないが、やはり身体には消火剤がかかっている。
本人はあまり気にしてないようなのだが、原因は自分にあるのでちょっと申し訳ない気持ちだ。
「坂上先輩よ。 こいつらのせいで立ち往生なんですわ。 まったくよぉ、緊張感がねぇんですわ...」
「そう、どうでもいいけど、その子、下着見えてるわよ。 抱き抱えるならスカートくらい一緒に押さえてあげなさい。 男の子だったらそれくらいの気遣いができないと彼女、傷つけるわよ」
「えっ 、す、すいません」
「...トオルっち、もう下ろしてくれていいよ?」
「お、おう」
坂上先輩のあくまで淡々とした口調のせいか、なんだか急に気まずくなった。 渾身のネタが全く笑いを生まなかったような、あの、恐怖すら生み出す空気感。
「さ、すぐそこの部屋が茶道部の部室なの。 ちょっと寄っていくんでしょ?」」
「あー、まぁ...」
「皆も多分、歓迎すると思うわ」
「皆?」
まぁ、薙刀部の人間が茶道部の部室に入って行く時点で、俺達みたいにチームを組んでいるということなんだろう。 きっと、坂上先輩の仲間なんだからさぞかし堅物な連中に違いない。




