回想 後
正晴の母である内妻は、一般女性でありながら富永敦という人物をとても理解した女性だった。だからこそ彼のそばに置かれ、彼に富と力、それらを上回る愛とを与えられた。好意的な見方をすれば、内妻はとても寛容な女性だったのだ。だから、俺と母をも受け入れた。
しかし、正妻はそれに耐えられなかった。自分より内妻が夫から愛を受けることも、権力を持つことも、当然のようにそばに置かれることも。
俺と母が邸に招かれたことを知った正妻は、ついに精神を来した。
いつだったか母親について、直隆が言った。
「本当は、とても繊細な人なんだ。だからたぶん、耐えられなかったんだと思う」
とても静かな瞳だった。
正妻は母と俺、そして内妻と正晴を憎んで亡くなった。
母が亡くなる二年前のことだった。
そのこともあって、俺は未だに義姉・るりとはまともに話ができない。
向こうも、話をしない。
正妻の長男である直隆は、母親が亡くなった後でも、俺と普通に接してくれている。
彼は何事にも無関心な性格で、周囲の反対を押し切って今は俳優を生業としている。
本人曰く、家督争いどうのこうのに嫌気が差したらしい。
もともと正妻を支持する者たちは、彼女亡き後も内妻や正晴を疎んじ、るりや直隆にどうにか力を持たせようとした。
「高家の血筋なくして、富永の跡など誰が継げましょうか!」
血など義父はあまり気にしていないようだったが、正晴は肩身の狭い思いをしていた。彼はどちらかというと、そういった周囲のストレスに敏感に反応してしまう弱い人間だった。
いくら努力をしても、その血のせいで周囲は認めてくれない。
彼は時々、自暴自棄になった。そういう時は必ず、俺のところへやってきた。
「おまえは、父の跡を継ぐ気はないのか?」
ある時、
十も違う子供に、彼は言った。
おまえなら、その血で継げるだろうにと……。
母・櫻子は、深く自身の過去を話してくれなかった。
だが時々、周囲の言葉で母の素性を察することができた。
俺の答えは決まっていた。
「僕にその気はありません。母が、それを望んでいませんから」
それに、血のことを言うのなら、僕も義兄さんと同じです――。
俺は義兄が好きだった。似たもの同士だから……確かにその理由もあったが、彼は俺にその弱さを見せてくれた。頼りなげな背中を一瞬でも見せてくれた。
俺はこの人を守ろうと思った。
このやさしい人間を、彼が支えようとする富永を。
回想終了です。
読んでいただきありがとうございます。
次回は最終話『副社長室にて 後』です。