入籍審査
男は、額に吹き出た汗を自覚しながらも、この難所を切り抜けるべく自身の脳みそをフル回転させていた。というのも――
「…………娘さんを、真由美を僕にください……!」
……もう何度目かも分からない程に、やり直しをさせられているからである。
「まあ!」
「……」
男のその言葉に、向かいの左手に座る母親はニコニコと事態を見守り、目の前で正座をしている父親はしばらく男を見つめた。……畳とはいえ、男も段々と足が痺れてきている。何が正解かは手探りだが、何を求めているかは着々と分かってきた。出来れば、この一回で認めてもらいたいが……。
「……君に、その覚悟があると?」
「はい!僕が真由美を幸せにしてみせます!」
「……とても、そのようには見えないな」
父親は、力のない目で首を横に振った。
「ちょっとお父さん!そんなの――」
「真由美は黙っていろ。これは男同士の話し合いだ」
……だが、これは想定通りである。そしてこの後にくるのが――
「君は……あーなんだったか……そう、真由美を幸せにすると言ったな。一体どうやって幸せにする?君に、それだけの能力があるのか?」
この『どう幸せにするか』である。……これは、あまりにも難題であった。ここでは、間違っても自身の能力について、つまり知力や体力、経済力などをアピールしてはならない。……そう、男はこの問いに前回初めて答えを見つけた。
ここでアピールするべきは、能力などではなく――
「確かに僕には、至らない点があるかもしれません。しかし、真由美を想う気持ちは誰にも負けないつもりです。彼女のためになら、僕は命だって懸けます」
どれほど真由美を想っているか、つまり心意気なのである。
「悟……!」
「あらあらまあ!」
「……なるほど。君の覚悟は……えー……そう、伝わってきた」
「お父さん!」
父親が首を縦に振り、その姿に真由美も満足している……ように思える。
男も、その様子に気を緩め、肩の力を抜く――ことはなかった。むしろ、ここからが本番である。何せ、前回次の質問に上手く答えられなかったために、今こうしてやり直しをしているわけなのだから。
畳にしたたり落ちた雫が視界に入り、男は額を拭う。笑みを浮かべている母親や真由美とは裏腹に、男は一度呼吸を整えた。もはや痺れなど気にもならない。
やがて、父親が口を開いた。
「だが、最後に聞かせてほしい」
「はい」
「真由美の、どこが好きなんだ?」
……良いところや悪いところを挙げ、『全てです』と答えるのは間違っていた。しかしこれまでの傾向からして、この方針が間違っていたとも思えない。ここで求められているものは『好きな理由』などではなく、『どれくらい真由美のことを知っているのか』であるはずだからだ。つまり、父親どころか、本人ですら自覚していないようなものが望ましい。……この場でそれを言っていいのかは疑問だが、求められているのであれば言う他ないだろう。これで駄目なら、もう打つ手はないが……やるしかない。
「僕は、真由美の……全てが好きです。何か嫌なことがあると、すぐに抱き着いてくるところとか、アドバイスしても意固地になって全然聞いてくれないところとか、仲直りする際も最後に一言だけふてくされたように『ごめん』って言うところとか、すべて」
「ちょっと悟!?」
「……」
……どうだ?何も言われないってことは、通ったのか!?これでよかったんだな!?
「……なるほど、よく分かった。私からは以上だ」
「……!はい、ありがとうございます!」
長かった……!ここまで、本当に……!しかしようやくこれで――
「では、これで娘と結婚することを認め――」
「ちょっと、あなた?」
……終わることなど、できなかった。
「……なんだよ。もういいだろ、聞きたいことは聞いたじゃねえか。酒の趣味が合う奴に悪いやつなんかいねえよ」
「いいえ、あなたは今の悟くんのお話にも何も触れていないですし、何より真由美の口から悟くんのことをどう思っているのか聞かないことには終われません。これでは、また一からやり直しです」
「…………何回やり直させたら気が済むんだお前らは。別にいいじゃねえか、わざわざ初めからやらなくとも」
「いいえ。一度締まりが無くなってしまった空気は、もう元には戻りません。あなたは、ぬるくなってしまったお酒をもう一度冷やして満足できるのですか?」
「…………チッ、しょうがねえなあ」
「言葉遣いにも気をつけてください。悟くんもごめんなさいね。もう一度一からお願いできますか?」
ニコニコと糸目でそう笑みを浮かべる母親に、男はかろうじて言葉を返した。
「……ああ、はい、分かりました勿論です」
「ちょっと悟!あんたあとで覚えときなさいよ……!」
横から小声で難癖をつけてくる真由美のことなど一旦無視し、男は姿勢を正した。
そして、
「…………娘さんを、真由美を僕にください……!」
男はまた同じように、しかしどこか熱を帯びるように、声高々にお願いするのであった。




