ー第4節 過去の建築図面資料を整理した際の記憶から壁の裏に隠された旧式の避難ダクトの存在を思い出したミオは、間一髪で炎の海から脱出。地上へ這い出た彼女をレイが力強く抱き留めた。
第4節 過去の建築図面資料を整理した際の記憶から壁の裏に隠された旧式の避難ダクトの存在を思い出したミオは、間一髪で炎の海から脱出。地上へ這い出た彼女をレイが力強く抱き留めた。
「一九七〇年代の初期設計図……地下資料室の北西の壁の裏に、空調用の古い配管スペースが残されているはず……!」
後の改装工事で壁板によって塞がれてしまったが、建物の構造上、そこには人間一人が這って通れるだけのダクト空間が存在している。図面の記憶が、私に唯一の生存ルートを提示していた。
私は炎を避けながら、北西の壁際へと走った。
そこには重いスチール製のキャビネットが置かれていたが、火事場の馬鹿力と、一切の迷いがない精神状態のおかげで、テコの原理を使って強引に押し退けることができた。
現れたのは、安っぽいベニヤの化粧板だった。
私は近くに転がっていた消火器の底を振り上げ、化粧板に向かって思い切り叩きつけた。
ガンッ! メキメキッ!
数回の打撃で板が割れ、その奥にポッカリと暗い四角い穴――古い避難ダクトの入り口が姿を現した。
背後では、ついに天井の配線が焼け落ち、地下室全体が崩落を始めようとしていた。猛烈な爆風が私の背中を押す。
「いっくよ……!」
私は胸の証拠書類をしっかりと押さえ込み、その暗い穴の中へと頭から飛び込んだ。
狭く、埃とカビにまみれたダクトの中を、尺取り虫のように這って進む。背後から追いかけてくる熱風と煙に急かされながら、私は無心で前へ前へと這い続けた。
どれくらい進んだだろうか。
やがて、ダクトの先から微かな冷たい外の空気を感じた。
私は最後の力を振り絞り、ダクトの出口を塞いでいた鉄格子を蹴り破った。
ゴロンッ、と体が冷たいアスファルトの上に転がり出る。
そこは、オフィスビルの裏路地にある、普段は誰も通らないゴミ捨て場の脇だった。
「はぁっ……はぁっ……げほっ、ごほっ!」
新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込み、私は激しく咳き込んだ。
顔も制服も煤と埃で真っ黒になり、あちこちに擦り傷や火傷を負っていたが、胸に抱え込んだ証拠の束だけは、一切の損傷なく無事だった。
「ミオ君!!」
その時、悲痛な叫び声とともに、激しい足音がこちらへ向かって走ってきた。
顔を上げると、髪を振り乱し、ネクタイを投げ捨てたレイ部長が、血相を変えて飛び込んでくるのが見えた。普段の冷徹なエースの面影など微塵もない、ただ一人の人間としての必死な形相だった。
「レイ、部長……」
「ミオ君! ああ……神よ、無事だったか……!」
レイ部長はアスファルトに座り込む私のもとへ膝をつき、そのまま私の体を強く、力強く腕の中に抱き留めた。
彼の体が、小刻みに震えているのがわかった。
「工作員の動きを察知して駆けつけた時には、地下室は火の海だった……。扉も開かず、君を失ってしまったのかと……僕のせいで……!」
「大丈夫です、私は生きています。それよりも……」
私は彼の腕の中で微笑み、胸から取り出した分厚い証拠の束を彼に差し出した。
「ほら。絶対に守るべき最重要書類、ちゃんと持ってきましたよ。これで、あの悪い人たちを追い詰められますね」
煤だらけの顔で笑う私を見て、レイ部長は絶句し、やがて大粒の涙をこぼしながら「……君という人は、本当に」と、私をさらに強く抱きしめたのだった。
私が命懸けで守り抜いたその証拠は、翌朝の特捜部の強制捜査において決定的な役割を果たした。大物役員および関与した幹部たちは、資金洗浄と反社会的勢力への利益供与の容疑で即座に逮捕され、長年会社を蝕んできた巨大な闇は完全に消え去った。
大都ゼネコンは、崩壊の危機から完全に救済されたのである。




