ー第2節 安易な逃避先ではなく、先人から受け継いだ命のバトンが続く現世での至高の境地がミオの脳髄に刻み込まれる。究極の解放と冷静さを取り戻した彼女には炎がスローに映っていた。
第2節 安易な逃避先ではなく、先人から受け継いだ命のバトンが続く現世での至高の境地がミオの脳髄に刻み込まれる。究極の解放と冷静さを取り戻した彼女には炎がスローに映っていた。
死の恐怖という最大の澱を飲み込んだおつまみは、そのまま私に強い光のようなイメージを送り込んできた。
それは、これまで以上に強烈で、確固たる真理のメッセージだった。
『肉体が滅びる恐怖から逃れるために、死後の楽園などという安易な幻を思い描くな』
『魂が不変のまま別の世界へ引っ越しをするなどと、考えるに足らぬ』
現世の苦痛から逃避するための、架空の救済。そんなものに縋る必要はどこにもない。
なぜなら、私がこれまで一つ一つ丁寧に整理してきた無数の書類たち。そこに刻まれた先輩たちの汗と涙と決断。それこそが、過去から現在、そして未来へと脈々と受け継がれていく『命のバトン』の真の姿なのだから。
個人の肉体がどうなろうと、繋いできたバトンは決して消えることなく、誰かの未来を生かす力になる。
他者を想い、そのバトンを正しく繋ぐこと。それこそが『今ここにある現世での至高の境地』であり、それ以上の幸せや救済など存在しないのだと。
その確固たる信念が、雷に打たれたように私の脳髄の奥深くにまで刻み込まれた。
おつまみが役目を終えてスゥッと炎の中に溶けて消えると同時に、再び時間が動き出した。
熱風が顔を打ち、火の粉が舞い散る。
しかし、私の心からは一切の恐怖も、パニックも消え去っていた。
死の恐怖という最大の障壁から『究極の解放』を得た私の心は、この灼熱の地獄のど真ん中にあっても、波風一つ立たない水鏡のように澄み切っていた。
完全なる冷静さを取り戻した私の目には、周囲の景色がまるでスローモーションの映像のように映っていた。
天井から崩れ落ちる燃えた段ボール。這い寄る火の手。煙の流れる軌道。
それらすべての物理現象が、極めてクリアな情報として私の脳内に処理されていく。
「……まだ、私の仕事は終わっていない」
私はゆっくりと立ち上がった。
煙を吸い込まないように服の袖で口と鼻を覆いながら、炎に包まれたラックの列を真っ直ぐに見つめる。
私が死ぬこと自体は、もうどうでもいい。ただ、あの悪辣な大物役員たちの手によって、先人たちが遺した記録が闇に葬られ、この会社が未来永劫食い物にされ続けることだけは、絶対に阻止しなければならない。
それが、バトンを託された私の、最後の役割だった。




