第5章 第1節 絶体絶命の極限状態の中、ミオは無意識にペットボトルの水を飲む。その刹那、炎の中におつまみモンスターが現れ、死の恐怖と絶望という最大の澱を一瞬で吸い尽くし完全に浄化した。
第5章 炎の中の至高と幸せ
第1節 絶体絶命の極限状態の中、ミオは無意識にペットボトルの水を飲む。その刹那、炎の中におつまみモンスターが現れ、死の恐怖と絶望という最大の澱を一瞬で吸い尽くし完全に浄化した。
呼吸をするたびに、肺の中が焦げ付くような激痛が走る。
地下資料室は、完全に真っ赤な炎と漆黒の煙に支配されていた。
天井まで届く火柱が、私がこれまで美しく整理してきた段ボール箱を次々と呑み込み、過去の先輩たちが遺した仕事の軌跡を容赦なく灰に変えていく。
室内の温度は異常なまでに上昇し、皮膚が焼け焦げるような熱波が私を床に這いつくばらせた。
「げほっ……かはっ……!」
有毒なガスが混じった濃煙のせいで、目を開けていることすらできない。涙と鼻水が止まらず、酸素の足りない脳が危険信号を鳴らし続けている。
死ぬ。ここで焼け死ぬ。
その絶対的な恐怖が、私の心を真っ黒な絶望で塗りつぶそうとしていた。
かつて、地位や名誉への執着といった世俗の煩悩から解き放たれ、水面のように穏やかな心を手に入れていたはずなのに。生物の根源的な恐怖である『命を失うことへの苦しみ』は、そんな平穏をいとも簡単に打ち砕いてしまうほど強大だった。
鉄扉は外から完全に施錠され、脱出する術はない。助けを呼ぶ声も、猛火の轟音にかき消されてしまう。
這うようにして逃げ惑う中、私の手がゴツンと冷たいものに触れた。
それは、私のデスクの脚の傍らに転がっていた、飲みかけのペットボトルの水だった。爆発の衝撃で机から落ちたのだろう。
私は無意識のうちにそれを掴み取った。喉の奥がカラカラにひび割れ、今にも火を噴きそうだったからだ。
震える手でキャップを捻り開け、泥水のような煙の中で、残っていたぬるい水を一気に喉へと流し込んだ。
ゴクリ、と。
水が食道を滑り落ちた、その刹那だった。
――ピタリ。
猛り狂う炎の轟音も、肌を焼く熱気も、すべてが嘘のように停止した。
時間が凍りついた空間。その猛烈な炎の揺らめきの中に、あの毛むくじゃらの存在が悠然と姿を現した。
目も口もない謎の『おつまみモンスター』。
日常の小さなストレスを吸い取ってくれていたあの愛らしい存在は、今、燃え盛る灼熱の地獄の中で、神々しいほどの静けさを纏って宙に浮いていた。
おつまみは、私の顔の目の前までフワリと近づいてきた。
そして、大きく口を開けるような感覚とともに、私の魂の奥底まで侵食しようとしていた『死への恐怖』『命を奪われることへの絶望』という、人間にとって最大にして最悪の『心の澱』に狙いを定めた。
ズォォォォォォンッ!!
強烈な吸引力が魂を揺らす。
死にたくない、痛いのは嫌だ、なぜ私がこんな目に。
そんな濁った真っ黒な感情の塊が、私の中から根こそぎ引き剥がされ、毛むくじゃらのブラックホールへと一瞬にして吸い込まれていく。
どんなに巨大な絶望であろうと、おつまみにとっては取るに足らないものだと言わんばかりに、完全に浄化し尽くしてみせたのだ。




