第3章 第1節 あの日を境にレイは正当な権限を使って複雑怪奇な過去資料を台車で地下室へ運び込むようになる。社内で長年泥沼化している派閥争いの火種となる案件を、ミオは嬉々として受け取る。
第3章 無自覚な浄化と派閥崩壊
第1節 あの日を境にレイは正当な権限を使って複雑怪奇な過去資料を台車で地下室へ運び込むようになる。社内で長年泥沼化している派閥争いの火種となる案件を、ミオは嬉々として受け取る。
冷徹な監査部エースとして恐れられるレイ部長が、私の無心で作り上げたエクセル表を見て「僕が君を全力で庇護する」と宣言したあの日から、地下資料室の日常は少しだけ変化した。
彼が連日のように、私の元へ日参するようになったのである。
ギギギッ、と重い鉄扉が開き、スーツ姿のレイ部長が姿を現す。ただ、以前と違うのは、彼がいつも大きな台車を押してやってくることだ。
「ミオ君、おはよう。今日も追加の資料を持って来た。監査部エースとしての正当な権限を使って、書庫から引き揚げてきたものだ」
台車の上には、またしてもカビ臭く、埃を被った段ボール箱が山のように積まれている。
「おはようございます、レイ部長。わざわざ運んでいただいてすみません」
「いや、君の神懸かった整理能力に頼りきりになっている僕の方が申し訳ないくらいだ。今回のものは少し厄介だよ。二〇一〇年代前半の、営業第二部と資材調達部が絡んだ複雑怪奇な過去資料だ」
レイ部長は、少し疲れたような顔で段ボールを一つ持ち上げ、私のデスクの脇にドンと置いた。
彼によれば、この時代の資料は社内で長年泥沼化している派閥争いの火種となっている案件だという。声が大きく、社内政治の力学に長けた一部の役員たちが、自分たちに都合の悪い記録を有耶無耶にし、グレーな決済を強引に通してきた暗黒の時代なのだそうだ。
「当時の監査部も何度かメスを入れようとしたが、証拠が巧妙に分散されていて、結局はうやむやにされてしまった。連中は都合の悪い数字を『別プロジェクトの経費』として付け替えたり、関連会社をいくつも経由させたりして、見事に足跡を消しているんだ」
レイ部長は忌々しそうに吐き捨てた。
出世や権力への執着、派閥という名のもとに群れをなし、他者を蹴落として甘い汁を吸おうとするドロドロとした欲望の数々。そうした世俗の争いの最前線に立たされている彼は、常に神経をすり減らしているように見えた。
「でも、紙の記録が残っているのなら、必ずどこかに整合性の取れない部分が出てくるはずですよね」
私が微塵も気負うことなくそう言うと、彼はふっと表情を緩めた。
「そうだな。君のその言葉を聞くと、どんな強固な隠蔽工作もただの子供の悪戯のように思えてくるから不思議だ。頼んだよ、ミオ君」
「はい。お任せください」
私は新しい段ボールのガムテープをカッターで切り裂きながら、静かな高揚感に包まれていた。
権力闘争の道具にするためではない。ただ、先人たちが遺した仕事の軌跡を正しく紐解き、パズルを完成させること。それが今の私にとって、何よりの喜びとなっていたのである。




