孤独
私の心はいつも孤独であった。いくら友達に恵まれようと、富や名声を手に入れようと私の心はぽっかりと穴が開いたように空虚なままだった。
何も感じることはなく、どんな理不尽なことでもただ言われたこと、自分のルーティーンをするだけだった。私はいつも機械のように無表情で毎日同じことをして生きていた。
ただ、唯一生き生きとしていられる時があった。
死について考えているときである。当時の私に希死念慮があったというのも原因だが、これを考えているときは自分はまだ生きている、そう考えられることができたのである。
なので、日常ではいつも死ぬことを考えていた。高所が目に付けば投身自殺の計画をし、川があれば飛び込んだ後の自分を想像する、美しい死に方はどのようなものだろうかと模索したりすることが退屈な日々の唯一の楽しみであった。
そんなことを考えているうちにやがて実行に移してみたいという欲を抱くようになった。
その時から仕事を休み、家庭を捨て、死に場所を探すことに没頭し始めた。人々は私から離れ、気づいた時には友人も家族も誰一人私の周りにいる人はいなくなった。
それでもかまわず数年間探し続け、遂にいい場所が見つかった。
山奥にある廃ビルだ。ある程度の高さもあり、周りの整備もされていないので人通りも少なそうだった。マイナーな心霊スポットのようで、よく幽霊が出るなどと言われていた。
私も死んだら仲間に入れてくれるのだろうか、そうしたら漸く私の空虚な心が埋まるのだろうか。そんなことを楽しみにしつつその場所へ向かった。
正午くらいに家を出たがかなり離れたところだったのでついたらもうすっかり日が暮れており、外に出ているものは誰もいなかった。
都合がいいと思い、そのまま屋上へ向かう。階段しかなかったが、幸いにも崩れておらず難なく屋上へ行くことができた。
屋上に着く。フェンスは雨風で浸食されボロボロになっている。人は誰もおらず、静寂がその場を支配していた。屋上の端に背を向けて立つ。山奥にある場所なので、都会の光が届かず無数の星が空に輝いているのが見える。その星々を眺めながら、私は後ろへ倒れた。
地面に向かってまっすぐに落ちていく。地面に衝突する直前、私は目を閉じた。
いつまでたっても痛みはなかった。失敗なら途轍もない痛みが、成功なら意識は途切れるはずである。ただ、いつまでも落ちている。暫く目を閉じていたが、不可解な感覚に耐え切れず目を開ける。すると、先ほどまできれいな星々が見えていた空は赤く染まり、屋上から私の身体を突き落としている人影が見える。落とされ地面に衝突すると思った瞬間、気が付いた時には屋上へ移動しており、人影に突き落とされる。それが何回も繰り返されているようだ。時間は正常らしく、空に浮かぶ雲が動いている。ふと、今まで雲で覆われ見えなかった月が姿を現した。赤い月だった。月明かりに照らされ私を落としている人影の様子が見えた。
それは、人間の皮膚をはいだらこんな感じだろうと想像できる姿をしていた。学校の理科や保険の教科書に載っている人体の筋肉の写真のような姿だった。
それが不気味に口の端をゆがめて笑っている。それから目を逸らそうと廃ビルの壁のほうを見る。到着時、壁には割れている窓が無数にあった。だが、窓ガラスがきれいに直されていて、ビル内から私を突き落としている人影と同じような者たちがやはり不気味に笑ってこちらを見つめていた。
目を逸らそうと地面を見る。もう衝突寸前の時であり、恐怖から目を閉じる。
だが、それ以上落ちることはなかった。代わりに意識が遠のいてゆく。意識を失う直前に頭の中に声が響く。
「これがお前が望んでいたものか?」
ノイズのような、不愉快な声であった。
目が覚める。目に映ったのは見知らぬ白い天井だった。直感でここが病院だと理解する。
私が目を覚ましたのを見て、隣にいた看護師の女性が医者らしき人物を連れてきた。
医者の話によると、例の廃ビルのところで倒れていたらしく、まだかすかに息があったのでこの病院に搬送されたということだ。目を覚ましたのはほとんど奇跡だというくらい危険な状態だったようだ。それから何事もなく、退院して数か月たったころ、ふと気になりあの廃ビルを調べてみた。どうやら過去に凄惨な殺人事件があったようで、その被害者の怨念があのビルに残っているとの情報があった。
これからも私の心は癒えることはないだろう。しかし、ああならないように死なないことはできるだろう。鬱々とした気分で唯一の娯楽がなくなった退屈な日常へと戻っていった。




