第8話 夜更けに語るは及ばぬ人智
シルトアは自分の身に起きたこと、その全てを話した。
あの場所から落ちた後、地下空間を彷徨い再び岩蜘蛛と遭遇したこと。
今隣に座る少女がシルトアを救い、その力によって岩蜘蛛を打ち倒すことができたことを。
ヴラド達はそこらの人が聞けば作り話と笑われるようなシルトアの話をただ静かに聞き入っていた。
「──それであのデカい竪穴に戻ってこれた。 その後は何とか来た道を戻ってきたんだが、すっかり日が暮れちまったな」
(というか思い返すと、よくあの暗さを灯りも無しに動けたな・・・・・・ これもアーティファクトの力なのか?)
少女に視線を向けつつも話し続けで渇いた喉にグラスの水を流し込むシルトア。
そのグラスをテーブルに置くと今度はヴラドが口を開いた。
「なるほどな・・・・・・ 本当のことを言ってるってのは聞いてりゃ分かる。 嘘をつく理由もねぇしな、だが──」
「言いたいことは分かってる、肝心なのは」
2人が互いに目を合わせるとその視線はシルトアの真横で麦パンを食べ続ける少女へと流れる。
小さな口で少しずつ齧り頬張り続ける姿はさながら小動物のようでとても愛らしいのだが、今はそれどころでは無い。
「なぁ、嬢ちゃん」
「わたひをほびまひたか?」
「あ、あぁ。 その嬢ちゃんが神の使いってのはほんとなのか?」
僅かに緊張の乗った声でヴラドが問いかけると少女は表情をピクリとも動かさず、口の中のものを飲み込み無機質な声で答えた。
「はい、肯定します。 私はあなた方が認識する神の使いに相違ありません」
「そう、か・・・・・・ ありがとな嬢ちゃん! パンならまだあるからゆっくり味わっててくれ」
少女はこくりと頷くと再び山盛りのパンを手に取り、口をつけ始める。
「シルトア、ちょっと・・・・・・」
「あぁ」
立ち上がった2人はテーブルから少し離れると、少女に聞こえないよう声を抑えて話し始めた。
「もう分かってるだろうがあの嬢ちゃん含め、お前が持ち帰ったアーティファクトはおかしいぞ?」
「・・・・・・だよな」
「アーティファクトを知ってるヤツなら当然の常識がまるで通じねぇ、一体どうなってんだ」
シルトアもヴラドと全く同じ考えだった。
アーティファクトに関する記述が為された文献にシルトアが持つ書物含め、その全てにおいて共通しているのは。
武装とはアーティファクトの象徴たる武器であり、その全てが近接で用いる武器を象られ並の武器とは比較にならない強靭性と破壊力を持つ。
そこに"バレル"と呼ばれる力が備わっている。
これはアーティファクトの特権とも言える遠距離攻撃を可能とし、大砲など霞んでしまう程の殲滅力を持つものだ。
そして神の使い、メイガスとなった者に知恵と超人的な肉体を授け守護する存在。
確認されているその全ての個体において共通するのは、見る者全てが見惚れる程の美貌と豊満なスタイルを合わせ持つ美女であること。
神の使いは感情表現が非常に豊かで、差異はあれど皆一様に明るい性格の持ち主である。
シルトアの腕に嵌められたブレスレットは除くとしても、神の使いと武装の2点において今までのアーティファクトにおける常識がまるで当てはまらないのだ。
武装らしき鉄塊はその外見と特徴から1番近いものを上げるとすれば大盾だろう。
しかし盾は武具であっても武器では無い。
もっと言えばこの鉄塊にはアーティファクトが誇る唯一無二の装備、バレルが何処にも見当たらないのだ。
現代における遠距離攻撃と言えば弓矢や大砲程度。
対してバレルは大砲など比較にならぬほどの威力を持ちながらも、弓矢のように手軽に運べ尚且つ矢切れの心配もない。
「でもあの盾? にはどう見てもついてねぇ」
「あぁ、俺にもさっぱりだ。 帰りの道中で気にしてはいたが何処にも見当たらない」
(そもそも両手それぞれに大盾ってなんだよ・・・・・・ あの時は一先ずそのまま殴ったがあれで良かったのか? 使い方・・・・・・)
シルトアがそんな考えを浮かべながら岩蜘蛛との死闘を思い返していると、ヴラドから質問が投げ掛けられた。
「お前ならそこらの冒険者よりアーティファクトに詳しいだろ? 盾のアーティファクトとか無かったのか?」
「少なくとも今まで見てきた本や新聞には無いな・・・・・・ だがそれ以上に気になるのは」
視線の先には神の使いを名乗る少女。
シルトアよりも圧倒的に低い身長、表情は乏しく感情は希薄。
大半の要素において常識とは真逆なのだが、端正に整った顔立ちや工芸品を思わせるほどの美しい肢体。
何より全身から感じる透き通るような佇まいは神の使い以外に形容出来る言葉が見つからない。
(武装の形状は千差万別、だからまだそういうものだと飲み込めなくもない。 けれど・・・・・・)
「俺は神の使いって聞けばボンキュッボンで美人のねーちゃんってイメージだが、あの嬢ちゃんは全くの逆って感じだよな」
「ま、まぁ」
声を抑えているとはいえ直接的な表現を堂々と口にするヴラドに若干引き気味なシルトア。
(言ってることは間違ってないんだが・・・・・・ あの子はもっと深いところ、根本から何か違う気がするんだよな)
多くの疑問が浮かんでくるがその中でも特にシルトアの心を悩ませていたことがある。
『ありがとうございます、私を選んでくれて』
初めて聞いた彼女の言葉、その声は今も耳元で響き渡る程に鮮烈な物だった。
(私を"選んでくれて"・・・・・・ 神の使いから初めて聞く言葉が普通はどんなものかなんて分からない)
有り得もしない思考、それは眼前にいる常識をひっくり返したような少女によって有り得るかもしれないという思考へと変わっていく。
神の使いとはブレスレットに認められた時はじめて天界から遣わされると本で読んだことがある。
しかし。
(何の確信も無い筈なのに、それなのにあの時の言葉には何か特別な想いが込められていた気がしてならない。 まるでずっと──)
「──トア、シルトア! おい聞いてるか?」
「! あぁ悪い、何だ?」
「今日のところは一先ず解散にしよう。 何も分からねぇ以上このまま話しても時間の無駄だ、何よりお前の身体のこともあるからな」
「そうだな・・・・・・ 続きは明日以降にしてとりあえずはゆっくり休ませてもらうよ」
シルトアは軽く伸びをすると少女に声を掛けようと歩き始めたが、そこをヴラドに引き止められた。
「シルトア、それともう1つ──」
少女と共にギルドを後にすると、2人はシルトアの自宅への道を並んで歩いていた。
月明かりに照らされるその道中、鉄塊ふたつを頭と両腕で担ぐシルトアはヴラドの言葉を思い返す。
『今日のことはすぐに広まるぞ。 アーティファクトってだけで大騒ぎなのにお前のは特にレアケースだ、きっと遠くない内にどっかしらから接触があるだろうから気を付けとけ』
「マスター、大丈夫ですか?」
「ん? あぁ・・・・・・」
正直、シルトアの胸中には不安が渦巻いていた。
念願のアーティファクトを手に入れられたことを喜ぶ反面、もしもという疑念が付き纏う。
それでも、だとしても。
(信じるって、あの時決めたもんな)
己の言葉を再び胸に刻み、少女の瞳を真っ直ぐ見据え言葉を紡ぐ。
「いや、大丈夫だ」
今言える言葉はこれ以外思いつかない。
具体的なことは何も分からないし、いつか後悔することになるかもしれない。
けれどそれを全部ひっくるめてこの少女を信じてみたい。
何故ならあの時。
暗闇の中で初めて見た彼女の瞳は全て見透かすように深く、それでいてとても寂しい目をしていた。
まるでずっと誰かを待ち侘び続けながらも、それとは真逆の何かを抱えているような。
そんな気がしたのだ。
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