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第7話 絶望が張り付く

ザオービグ王国 首都テルセリア 冒険者ギルド


日は既に落ち切り、蝋燭の灯りが揺れる中で漂う空気は最悪そのものだった。

ヴラド率いる冒険者達による古代遺跡の探索、それはギルドに凶報を届ける結果となってしまったのである。


「うぅ・・・・・・」

「すまねぇ、もっと俺がしっかりしてれば・・・・・・」


両手で顔を覆うミルニアの口から漏れる嗚咽混じりのか細い声、なのにその声は嫌でも聞き逃せないほど耳に残る。

そしてビルケスは彼女に謝ること以外何も出来ず、今にも後悔と自責の念に押し潰されそうになっていた。


「お前だけじゃねぇ、あの場にいた全員が思ってた、『シルトアだけは守ろう』ってよ」


皆が力無く座り込んでいる中でもヴラドは立ち続ける、しかしその瞳には今や猛々しさの欠片も残されていなかった。


「皆があいつを我が子みてぇに思ってた。そんな奴の夢見る舞台がようやくやってきたってのに、俺達は・・・・・・」


皆が心の中でどこか浮かれていた。

自分達が用意し誘った以上しっかり見ておかないといけない、だがそれ以上に喜んでくれるかなと。

結果シルトアの様子を皆が気にしていたせいで岩蜘蛛の襲撃を気付くのが遅れ、逆に古代遺跡だからと警戒を怠らなかったシルトアは誰よりも早く襲撃に気付けた。


"自分たちの方が慣れているから"と要らぬ余裕を見せ、それが命取りとなったのだ。



すると何かを決めたように立ち上がった冒険者の1人が口を開く。


「ヴラド! やっぱり今すぐ助けに──」

「駄目だ!!! こんな満身創痍の状態で真っ暗闇の中を動いて何になる・・・・・・!」


奥歯を軋ませながら放ったヴラドの言葉は己自身に向けているように思えた。

本当は今すぐにでも助けにいきたい、かと言って今動いても悪戯に死者を増やすことになりかねない。

ギルドマスターとしての重責とヴラドとしての意思とのせめぎ合い。


何が正解かも分からず行き場の無い激情を拳に握りテーブルに叩きつける。

その衝撃はギルド全体が揺れ動いたと皆に思わせる程、鈍く響くものだった。












──数刻前。



「シルトアーーーー!!!!!!」


肩が外れるくらい腕を伸ばしても掴めなかった。

さっきまで隣で戦っていた友が今は奈落の闇に引き摺り込まれている。


そしてビルケスの瞳が乾き切った頃、友の影は眼下に広がる暗闇と見分けがつかなくなった。


「ヴラド! シルトアが落ちた! 救助用ロープの準備を!!!」

「何!? 分かっ────いや、駄目だ・・・・・・」


悲愴を張り付かせた形相のビルケスはすぐさまヴラドに協力を求める。

しかしヴラドは一瞬出かかった言葉を無理矢理飲み込む、そして苦渋の末に出した決断は残酷な物だった。


「駄目・・・・・・ってどういうことだよ! シルトアが落ちたんだぞ、分かってんのか!!!」

「あのロープじゃとても長さが足りるとは思えねぇ、何よりまたいつ崩落が始まるかも分からねぇんだぞ・・・・・・」


続けてヴラドから出る言葉はどれもが的を得たものだった。

事実重傷者がいる中で生きてるかも分からない個人の為に人員を割くよりも、今確実に助けられる命を優先すべきだろう。


しかし。


「それが見捨てる理由になるのか!? 今やらないでいつ──」

「ビルケス!!!!!」


その時、怒号と共にビルケスに向けられたヴラドの顔には絶望すら生温い程の苦痛が張り付いていた。


ギルドマスター。

ギルドに所属する冒険者を纏める存在であり、より多くの冒険者を安全に導く義務がそこにはある。


いつまた崩落が始まるかも分からぬ不安定な地面、重傷の者や死者、じきに来る日暮れ。

今撤退しなければ真っ暗闇の中で松明の灯りだけを頼りに、負傷者と旅立った者を抱えながら帰還を目指すことになる。

そうなれば助けられたはずの命すら時間に殺される、ギルドを率いる者として答えは決まっていた。



決めざるを得なかった。



それが例え息子のように可愛がっていた存在を諦めることになったとしても。



そしてビルケスは身の内に渦巻く感情全てを押し殺しヴラドの言葉に頷く。

誰もが一刻も早くここから離れようと気持ちを合わせて戦っていたのに、今はこの場から離れる脚が酷く重かった────




古代遺跡 未踏領域の探索 総勢31名。


負傷 19名

重傷 7名

死者4名


行方不明者 1名








──そして時は戻り現在、冒険者ギルド。


昨日はあんなにも活気付いていたギルドは今や心臓を握り潰される程の重苦しい空気に支配されていた。


特にミルニアのあの顔を見てしまった者の心労は計り知れない。

帰りを楽しみに笑顔で出迎えたミルニアに突き付けられた現実は1人の少女を絶望させるには十分だっただろう。

直後に彼女の悲痛と苦しみが入り混じった叫びがギルドに響き渡り、それを聞いた誰もが耳よりも先ず心に痛みが走った。





「全員、今日は休め・・・・・・ 明日動ける者で捜索に向かう」


長い沈黙の中でヴラドの口からようやく絞り出た声に覇気は無く、そこにいるのはギルドマスターでは無く悲嘆に昏れる父親の姿だった。


ヴラドの言葉に冒険者達は無言のまま席を立つ、ビルケスも同様に立ち上がり扉に手を掛けようとした瞬間である。


向こうからゆっくりと扉が開き、その隙間からバツの悪そうな表情を浮かべた青年が顔を出す。


間違える筈がない、その青年はこの場にいる全員がその身を案じていたシルトア本人だったのだ。




「シ、シルトア・・・・・・?」

「あぁ、うん・・・・・・ その! もう少し早く入ろうとは思ったんだが、どうしても入れる空気じゃなくて!! それでタイミング考えてたらどんどん入りづらく──」


何やらシルトアは目を泳がせながら早口で言い訳を並べているが続きを言おうとする口をビルケスの胸板が塞いだ。


「馬鹿野郎、無事で良かった・・・・・・」

「っ!・・・・・・ 心配掛けた」


気付けばシルトアの目は潤んでいた。


(そうだ、俺はもう少しで死ぬところだった)


今も鮮明に蘇る恐怖と苦痛、思い返せば脚から力が抜けてしまいそうになる。

振り返る余裕もないまま進んだ。

そして今、目の前で震えながらも力強く抱き締めてくれる存在がシルトアに当たり前のことを思い出させる。


(死ななくて、本当に良かった・・・・・・)


互いにあの時届かなかった腕に力を込め、2人は熱い抱擁を交わした。



しばらくするとシルトアは一際強い視線を感じ、彼女がいることに気付く。


「! ビルケス、一旦離してくれ」

「あぁ、悪い!」


息苦しくなっていたのもあるがそれよりも。

シルトアの視線の先にいたのは真っ赤になるまで泣き腫らした目で、俯きながらこちらを睨みつけるミルニアだった。



「あんたがいなかったら誰が古くなったクエストやるのよ・・・・・・」

「すまん・・・・・・」


「危なくなる前に帰ってきなさいよ、それくらい出来るでしょ・・・・・・」

「だな、悪い・・・・・・」





「それと・・・・・・ おかえり」

「あぁ、ただいま」


シルトアは今にも泣き出してしまいそうな彼女の頭に手を乗せる。

すると彼女の震えは収まり、真っ直ぐシルトアに向けた顔にはいつもの笑顔が輝いていた。


「ま、まぁ? もしその時は幽霊になってでもやってもらうから覚悟しておくことね!!」

「そいつはまた大変だな」


どうやら落ち着いたことで気恥ずかしくなったのか、ミルニアは鼻を鳴らしながら顔を逸らす。

いつもの様子に戻った彼女を見てビルケスは胸をなで下ろしていた。



そしてもう1人、言葉を交わさないといけない相手がいる。




「カーリルさん」

「!? ・・・・・・シルトア」


先程まで沈みきっていた冒険者達はコインを裏返したように明るげな表情でシルトアを囲んでいたが、そんな中ヴラドだけは一歩引いてこちらを見ていた。

後ろめたさを感じる様子のヴラドは言葉を模索するように口を動かすこと数秒、ようやく口を開く。



「俺はあの時お前を見捨てた。だから殴られても何されようが文句は言えねぇ」

「何言ってんだ! あんたらしくもない・・・・・・ あんたはあの場で最善の判断をした、ドジ踏んだ俺が悪い」


ヴラドの言葉には自身への非難とシルトアへの謝意が込められていた。


彼がどれだけ仲間を大切にしているかはよく知っている。

だからこそシルトアを見捨てる決断を下したことに責任と負い目を感じているのだろう。


彼にそんな必要は無いと伝えなければならない。


「だからいつまでもしょぼくれてないでいつもみたいにバカ笑いしててくれ、当人の俺が言ってるんだぞ? 気にすんなってよ」

「! 言うようになったじゃねぇかシルトア。 ありがとよ・・・・・・ そして、よく戻った」


シルトアが差し出した手をヴラドは熱く握り返す、彼の表情から曇りはもう無くなっていた。


夜なのに太陽の下にいるような暖かさがギルドを包み込む。




しかし、その和やかな空気は唐突に破られた。



「マスター、私はお腹が空きました」




瞬間、その場全員の目が点となる。

突然目の前にシルトアの袖をつまみながら顔を出す、可憐な少女が現れたのだから。



そして当然、周りの反応は決まっている。





「「「だれぇえええええ!!!???」」」









──数分後。


ソファ席に座るヴラド、その対面にはシルトアと運ばれてきたトーストを無言で頬張り続ける少女。

異様なその光景に周りを囲む冒険者達はただ黙っていることしか出来ずにいた。


「あ〜、それでシルトア? その嬢ちゃんは一体・・・・・・」

「まぁそうなるよな、えっとなんて言うか〜」


シルトアが腕を組みながら言葉に悩んでいると、そんな事など知ったことかと言わんばかりに少女が口を開く。


「私はマスターの所有物です、マスターが死ぬまで私は尽くします」

「ちょおぉうぇっ!?」


「よしよく分かった、これついて2人の感想は?」


少女の言葉に聞いたことない声で焦り散らかすシルトアを他所に、ヴラドは自分の後ろに立つミルニアとビルケスに話を振った。


「さっきの熱い抱擁を返せ」

「感動の涙を返して」


「な゛あ゛ぁ゛ん!!!」


先程までの涙に包まれた暖かい空気は何処へやら。

虫を見るように冷たい2人の視線と言葉にシルトアは思わず頭を抱え、仰け反り悶えることとなった。



「とまぁ冗談は程々にして、本当にその嬢ちゃんは誰なんだ? まさかマジでどっかから誘拐した訳じゃねぇよな」


最後の一言で途端に深刻そうな表情を見せるヴラドにシルトアは慌てて弁明を行う。


「違うって!! その・・・・・・実はこの子、神の使いなんだ」

「なっ!? 嘘だろ!!」


シルトアの口から放たれた予想外の言葉に場にいた全員がどよめくが構わず言葉を続けた。


「嘘じゃねぇって、実物もある訳だし・・・・・・」


そう言いながらシルトアはブレスレットが嵌め込まれた腕をひらつかせる。


信じられないといった様子のヴラドがシルトアにアーティファクトがどこにあるのか詰め寄ると、その指はギルドの入口を指差した──








「これが・・・・・・ アーティファクト?」


扉を開き実物を見た皆の疑問は当然だろう、アーティファクトと言えばそのどれもが何らかの"武器"を模したものと知られている。

しかし地面を多少抉りながら鎮座する2枚の巨大な鉄塊は、武器と呼ぶにはあまりに異質であった。


とはいえ、あの状況から1人で生還するなどアーティファクト以外に考えられない。

ヴラドは他の冒険者と顔を見合わせると室内に戻り、シルトアの正面に座り直す。


「シルトア・・・・・・ 休ませてやりてぇがその前に、色々と聞かせてもらうぞ?」

「あぁ、俺もそのつもりだ」



波乱に満ちた一日はまだ終わらず、夜は益々更けていった。






















ここまでお読みいただきありがとうございます!


・面白かった!

・続きが気になる…!

・取り敢えず良かった!


と思えば是非とも☆評価をお願いいたします。

何よりの励みになりますし今後の活力となります!!


どうぞよろしくお願いいたします。

次の話でお会いしましょう!

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