第6話 エピローグ
──柔らかい。
こんな岩とガラクタしかない場所ではありえない、この柔らかさの前にはどんな高級な枕でも敵わないだろう。
ほどよい弾力にピッタリと頭が沈み込み、ずっとここにいたいと思わせる程の充足感にシルトアはここが死後の世界と確信する。
「あの世の枕は極上だな・・・・・・」
「お気に召したなら良かったです」
「!?」
その声にシルトアの目は大きく見開くと視線の先にはこちらを覗き込む可憐な少女の姿があった。
一瞬本当にヴァルハラに住まう女神でも見たような気分になったが、すぐに知っている顔だということに気付く。
「お、はよう?」
「はい、おはようございます。 マスター」
「この状態からこのアングルってことはこの頭の下にある幸せはもしかして・・・・・・」
「私の脚をご堪能いただけたようで何よりです」
此処はあの世でも無ければ寝ていたのは天界の枕でもない、シルトアは顔を真っ赤にして飛び起きた。
「お、お前! 何してんだ!!」
「膝枕ですが?」
「そうじゃなくて!!」
シルトアにはこの少女の考えてることがまるで分からなかった。
愛らしく手をつきながら座る少女は白雪の妖精を体現したような美しさで、その声音は澄んだ小川の流れの如く涼やかで心地よい。
しかしその言葉と表情からは感情の類が微塵も感じ取れなかった。
(あの時は確かに何かの思いみたいなのを感じた気がしたが・・・・・・)
そう胸の内で呟きながら地面に座り直すシルトア。
戦いの直前、少女の瞳から感じた意志のような何かは今となっては何処からも感じ取れない。
だが彼にとって、それよりも優先すべきことがひとつあった。
「その、とりあえず何か着てくれないか? 目のやり場が」
「何故ですか? 私は困りません」
「こっちが困るんだよ!」
素肌を晒すことに一切の恥じらいが無い。
ほんの僅かに膨らんだ胸元に手を添えながら自身の身体を見下ろす少女の様子にシルトアは頭を抱える。
その後何とか服を着るように促すとしばしの沈黙の後にようやく少女は頷いた。
「仕方ありません、マスターが望むのであればそのように」
すると立ち上がった少女の身体は眩い光に包まれた。
その光はこの場だけ昼になったと勘違いする程眩しく、シルトアは思わず目を細めた。
次第に光が落ち着いてくるとその輪郭がはっきりとしてくる。
「いかがでしょう?」
そこには一点の曇りもない純白で編まれたドレスを身に纏う少女の姿があった。
膝下でふわりと広がるスカート、胸元にはフリルがあしらわれておりオフショルダーのドレスからは透き通るような少女の柔肌が姿を覗かせている。
無表情ではあるものの楽しげに披露するかのように裾を持ちくるりとその場で回る少女。
絵本の中に登場する妖精のようなその姿にシルトアは思わず魅入ってしまっていた。
「マスター?」
「あ、あぁ! いいと思うぞ」
気付けば少女の顔は鼻が触れるほどの距離にまで迫っており、下半月状の瞳はシルトアの顔を覗き込んでいた。
思わずたじろいだシルトアだったがその時、咄嗟に動かした身体から痛みが消えていることに気付く。
シルトアがズタボロの服を捲り確かめると、傷口は完全に塞がっていた。
しかし残る傷跡がこれが夢ではないことを訴えかけてくる。
「負傷についてはマスターが眠っている間にほぼ完治しました」
こちらの心を読んだような少女の言葉。
(あれだけの傷を・・・・・・やっぱり確定だ)
教会で生成されるポーションの原液でもない限り治せないような傷を癒す能力。
シルトアは確信を持って彼女に尋ねた。
「聞きたいことは沢山ある、だがとりあえずこれだけ答えてくれ」
「なんでしょう?」
「君は俺の事をマスターと呼んだ、つまり君はアーティファクトに宿るという神の使いなのか?」
シルトアは息を飲んだ、彼にとって最も重要なことであり絶対に確かめたかったことだったから。
少女は少しの沈黙の後、口を開いた。
「はい、肯定します。 私はマスターの認識で表す神の使いに該当します」
その言葉がシルトアの喉を通るのには時間が掛かった。
決して考えていなかった訳では無い、異常なまでの身体能力の向上に治癒能力。
そして何より右腕に嵌められたブレスレット。
「・・・・・・っ!」
それでも誰かから言って欲しかった。
『お前の手にした物はアーティファクトだ』と。
シルトアにとって少女の答えは今まで何度も夢見て、そして叶わないだろうと心のどこかで諦めていた言葉だった。
「・・・・・・ありがとう」
「? どういう意味でしょうか?」
熱くなる胸の高鳴りは当分止まないだろう。
噛み締めるように口から出た感謝の言葉の真意が少女に伝わったかは分からないが、それでも構わない。
「いや、何でもない。 一先ずは、これからよろしく」
シルトアも立ち上がると少女に手を差し伸べる。
少女はその手とシルトアの顔を交互に見ると、小さな両手を重ねて口を開く。
「よろしくお願いします、マスター」
崩れた壁面から漏れる光に照らされる2人の瞳。
「よし! じゃあとっとと外に出て街に戻るぞ!」
「はい、マスター」
2人は共に歩き出す、差し込む光のその先へ。
「マスター、盾をお忘れなく」
「あっ!!!」
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