第4話 鋼鉄の先触れ
血の混じった砂塵を晴らしながら"何か"が姿を現した。
怪しげな光沢を放つ黒く染まった肉体はこの場にいる者が一塊になっても足りぬほどに巨大で、地面を穿つ鋭く尖った脚は樹木の幹を思わせるほどに太い。
そして躯体の中心で紅に輝く8つの瞳孔はシルトア達を捉えていた。
「岩蜘蛛、だと・・・・・・」
「今、岩蜘蛛って言ったか!? にしてはデカすぎるだろ!!」
ビルケスが苦虫を噛み潰したような顔で呟くその名前にシルトアは耳を疑い思わず聞き返す。
岩蜘蛛とは鉱物や岩を主食とする魔物の一種である。
その食性から吐き出す糸は石材のように硬化し、それを用いて己の縄張りに手を出す小動物すらも罠にかけて襲う"手のひら程度"の大きさが平均とされる魔物。
そう、手のひら程度の大きさが平均の筈なのだ。
「俺達がやったことある中で1番デケェやつでも体高は俺の半分くらいだ、それに比べてこいつは――」
「ビルケス1人分どころかあと5.6人増やさねぇとって感じだな。 確か岩蜘蛛は年数に応じてその大きさを増すって図鑑で見たことあるが、流石にこれは・・・・・・」
「つまりは何か、俺らはコイツの罠の上でぬくぬく休んでたって訳か? 滅多にできる体験じゃねぇな」
ビルケスの口からは冗談が出るものの状況は最悪だった。
ただでさえこれ程の魔物を相手取るなら事前準備が必須であるのに、こちらは疲労に加え突然の襲撃で戦力も精神力も削られている。
逃げようにも先の爆発で飛んできた破片に通路は塞がれ撤去作業などすれば格好の的。
この絶望としか言いようがない状況に残された者は死が近付く感覚に心臓を掴まれ、立ち尽くすことしか出来なかった。
ただ1人を除いて。
「総員武器を取れ! 絶望と追悼は後に今は目の前の魔物にだけ集中しろ! 今ここで残った我々が死ねばあいつらを弔ってやることすらも出来んぞ!!!!」
瞬間、ヴラドの声が雷鳴の如く迸る。
それは光を見失った冒険者達を目覚めさせるのに充分な叱咤であった。
今にも押し潰されてしまいそうな程の恐怖が渦巻く中、まだ震える手に力を込め武器を取る。
元よりここには実力を認められた者が集まっているのだ、一瞬でも絶望した自分が恥ずかしい。
ヴラドに叩き起された彼らの瞳には闘争の炎が煌々と宿っていた。
そんな中シルトアは冷や汗滲む震えた手で、剣の柄を腕の筋が突っ張るほど力を込めて握っていた。
シルトアも実力で言えばこの場にいる者に遅れは取らないだろう、しかし彼にはまだ修羅場という物が足りていない。
この場にいる者は多かれ少なかれ生き死にの瀬戸際で剣を振るえるだけの精神力が持てる程度には修羅場を潜ってきた。
シルトア自身もこうなる可能性を考えなかった訳ではない。
死の覚悟も決めてきたつもりだったが、いざ目の前にするとそれがどれほど小さい覚悟だったのかを痛感する。
すると、早まる鼓動の音に支配された耳に聞き馴染んだ声が響いた。
「悪いなシルトア、ミルニアの嬢ちゃんに無事に返すって約束したがお前さんにも命賭けてもらわねぇとだ」
声の先に横目を向けるとそこには見たことないほど青ざめたビルケスの姿があった。
冷や汗を滲ませ大きく開いた瞳孔は眼前の魔物を真っ直ぐ見据えている。
彼自身も恐怖を紛らわす為に声を掛けたのだろう、だがシルトアにはそれが再び覚悟を決めるチャンスに思えた。
「おいおい知ってんだろ? アーティファクトと出会ったあの日からずっと! 俺は命賭け続けてるってよ!!」
そうだ、例え修羅場が足りなかろうとシルトアには誰にも負けない思いが一つある。
お陰で自分が何故ここに立っているのかを再確認することが出来た。
(ここで死んでやるほど俺のアーティファクトへの情熱は軽くない!!)
シルトアの手の震えは収まり視界は開け肩から余計な力が抜けていく。
己の意志を明確にできたシルトアの瞳には他の冒険者よりも強い炎が宿っていた。
そして岩蜘蛛と睨み合うこと数十秒、頬を伝う汗が落ちたその瞬間である。
「掛かれぇ!!!!!」
ヴラドの号令を合図に冒険者達は声を張り上げ駆け出した。
「ビルケス! 俺達も行くぞ!」
「言われなくても!!」
岩蜘蛛は牙を打ち鳴らし威嚇しているが、知ったことかと言わんばかりに誰よりも速く突貫するヴラドはさながら地を走る稲妻のようだった。
「よくもうちの大事な冒険者吹き飛ばしてくれたな! お礼させてくれよ!!」
あの図体からは考えられない程の速度で一気に間合いを詰めたヴラドは力強く握りしめた戦斧を岩蜘蛛の脚目掛けて叩きつけた。
「っ! 思ってたよりもずっと硬ぇな!」
轟音と火花散る一撃ではあったがまるで刃が通っていない。
岩蜘蛛はその食性から摂り込んだ岩石類の質と量に応じて外皮が石のように硬くなる特性があり、その硬度は今までに取り込んだ総量によって増す。
この大きさであれば数百年は生きたのだろう、外皮の硬度は鋼鉄をも凌ぐ程となっていた。
ヴラドは骨の芯から痺れる腕を力で抑え込み今度は岩蜘蛛の胸部を切り上げた。
胴の内側は脚に比べ柔らかいのか今度は刃が通り岩蜘蛛は金切り声を上げ仰け反る。
「腹側を狙え! 乳吸う子犬みてぇに張り付いて殴れ!!」
続くようにシルトア含めた冒険者達も斬り掛かり力いっぱいに刃を突き立てた。
「胴体でもかなり硬いな!」
「ここまで成長してんだ! そりゃあもう最高級の鎧並みだろうさ、俺らの鎧にしてぇぐらいだぜ!」
比較的柔らかい胴体だとしてもその硬度は凄まじく、冒険者達は腕により一層力を込めて攻撃を叩き込む。
負けじと岩蜘蛛も冒険者達目掛けて脚を振り下ろすが、それをヴラドがすんでのところで弾く為思うように動けていなかった。
しかし岩蜘蛛もただやられている訳ではない、冒険者達が群がった所で今度は自身の周囲を脚で大きく薙ぎ払った。
シルトア達は咄嗟に回避出来たものの何人かは間に合わず鋼鉄の脚に吹き飛ばされ絶叫と呻き声が飛び交う。
一進一退、シルトア達の生存を賭けた戦いは熾烈を極めていった。
────どれ程経っただろうか。
肩で息を吐き、手の平は紫紺に染まり最早痺れすらも感じない。
鋼鉄の外皮にぶつかり散る火花、疲労と焦燥の中流れ続ける血と汗。
その場の全員が目の前の化け物を一刻も早く討伐する為に全神経を集中させていた。
それ故に誰も気付いていなかったのだ。
"この場所"の限界に。
「シルトア! へばってねぇだろうな!」
「まさか! ビルケスこそ休んだらどうだ? もういい歳だろ!」
互いに軽口を叩きながらも連携の取れた動きで攻撃を躱しつつ確実な一撃を与え続ける2人。
他の冒険者もそれぞれの長所を生かして戦っていることもあり、時間は掛かるが恐らくは討ち倒せるだろう。
苦労の甲斐あり岩蜘蛛の外皮は軋みを上げ、内側からでなくとも攻撃に手応えを感じられる。
これを好機と冒険者達は残った力を振り絞り剣を振り続けていると、後方からヴラドの声が轟いた。
「総員離れろ! デカいのがいくぞ!!」
その声に振り返った瞬間ヴラドは爆音と抉り刻んだ足跡を残して駆け出す。
その速度は開戦直後の一撃を遥かに上回り瞬時に距離を詰める、そして岩蜘蛛の眼前に迫ったヴラドはその脳天に目掛けて戦斧を叩きつけた。
閃光と遅れて轟く落雷のような衝撃に軋轢音がその場を支配する。
誰もが岩蜘蛛の外皮が砕けようとしているのだとシルトア含め全員が思っていた。
しかし、その悲鳴のような音を上げていたのは岩蜘蛛の外皮ではなくヴラドの骨でもなかった。
「いけぇぇぇぇ!」
「やっちまえぇぇ!!」
「おおおおおおおおおお!!!!!!」
冒険者達の声援を一身に受けヴラドの気迫は更に増す。
肉体に残る力全てを込め戦斧を押し込んだその時だった。
「なっ!?」「えっ??」
その場に居た者が状況を理解するのに何秒かかっただろうか。
己の脚を支えていたはずの地面が岩蜘蛛の足元を中心に崩壊を始めたのだ。
一瞬軽くなった身体に浮いたかのような感覚がしたと思えば地に叩きつけられる。
そして冒険者達の視界に飛び込んだのは中心からひっくり返された砂時計のように崩れ落ち、奈落が顔を覗かせる現実とは思えない光景であった。
ここまで被害を抑えながら戦いを進めていたヴラドの采配は見事なものと言える。
もしヴラドにミスがあるとすればこの場を普通の地盤と認識していたことだろう。
一見何の変哲もない地面に見えるがここは岩蜘蛛の吐き出した糸によって作られた土台であり、重なり合う地盤に支えられた地面とは比較にならぬ程脆い。
生死を賭けた戦いの最中そんなことに考えが回る者など1人も居らず、その事実に気付いた今全ては手遅れであった。
「総員退避!!!!」
「まじかこれ!」
「走れぇぇぇぇ!」
ヴラドの声に各々が外周目掛けて駆け出す。
幸いにもヴラドの号令により皆が岩蜘蛛から距離を取っていた為直ぐに安全圏に辿り着ける者が殆どだった。
「急げシルトア!」
「分かってるよ!!」
シルトアとビルケスも同様に全力で足を動かし安全圏を目指す。
いつ底が抜けるかも分からない足場を頼りに走る恐怖は凄まじく暗闇に心臓を撫でられているようだった。
死に物狂いで足を動かす内にビルケスが安全圏まで逃げ切ると、シルトアもそれに続こうと足に力を込める。
その瞬間だった。
「なっ!!!!」
シルトアが力強く蹴り上げた筈の足は、想像していた感覚とは裏腹に、地面"だった"物を踏み抜いた。
そのままバランスを崩したシルトアを受け止めたのは岩の硬さでは無くではなく全身を這い回るような悪寒。
ビルケスが即座に腕を伸ばしたが無情にも届くことはなく、僅かに掠めた指先の感覚を最後にシルトアが触れることが出来る物は無くなってしまった。
「シルトアーー!!!!!!」
ビルケスの声が奈落に響く、ヴラドは負傷者を助けることに手一杯でこっちを見る余裕すらないようだ。
下に目を向ければ一切の光を通さない暗闇が口を開けている。
(こんな感じなのか・・・・・・? 思考はハッキリしてるし時間の流れもゆっくりだ)
ビルケスの顔が見える、血の気が引いた表情がはっきりと。
誰よりも危険な状況にありながら冷静に物事を捉えられるのは、もうどうすることも出来ない諦念から来るものなのか。
それを自覚した瞬間、全身の力が抜け虚脱感が染み渡る。
何であれ今確かなことはただひとつ。
(死んだ・・・・・・)
身体はゆっくりと沈み彼を呼ぶ声も心臓の鼓動すらも次第に消え失せ、いつしか意識は暗闇の中に溶けていった────
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