第3話 夢の舞台
ザオービグ王国 魔生区域 低級区
首都テルセリアから北に歩くこと3時間、草原を越えた先にあったのは地平線を覆い尽くさんばかりに広がる大森林であった。
シルトアは膝下まで伸びた雑草を踏み抜きながらも奥へ奥へと歩みを進める。
この大森林は魔物の生息地である魔生区域に分類されており奥に進むほど魔物の危険度も上がっていく。
しかし今日の目的地は森林の外周に位置し、銅等級の冒険者くらいしか利用しない低級区だ。
風に揺れる草木と鳥の囀りが響く中で木漏れ日に照らされながら進んでいると、次第に木々が開いていく。
視界に飛び込む日光に目を細めながら木々を抜けると、あたかも自然が避けているかのようにポッカリと空いた草地に到着したのだった。
その場には既に20人程度の冒険者が集まっており皆が低級区には似合わない一線級の装備を携えている。
そして冒険者達の奥には現代建築技術の全てを否定するかのような歪な建築物が佇んでいた。
この自然の中に存在するにはあまりにも異質。
錆付きながらも鉄とは比較にならぬ硬度の壁面に這い回る大小様々な金属製の管など、如何にも"前時代的"といった外観。
これこそがかつての古代文明によって生み出された遺跡、そしてシルトアが夢にまで見た舞台なのである。
そんな浮世離れした光景に魅入っていると冒険者は続々と集まり、ギルドマスターであるヴラドを最後に全員が揃った。
するとシルトアは集まった冒険者の中に見知った顔を見つけ思わず声を掛けた。
「ビルケス!」
その声に振り向いたのは年齢を感じさせぬ鍛え上げられた筋肉が自慢のシルトアの飲み仲間、ビルケスであった。
「あんたも参加してたんだな」
「あぁ、いい機会だったし何よりミルニアの嬢ちゃんに頼まれてよ」
「ミルが? 一体何を・・・・・・」
話を聞いたところビルケスは数日前ミルニアから今回のサプライズの件を聞かされ、シルトアのことを"監視"して欲しいと頼まれたそうだ。
気恥しさから"監視"という言葉を使ったあたりが実にミルニアらしくクスリと笑えたが、同時にシルトアは胸の内で感謝の念を抱いていた。
その後ビルケスと共にいる彼のパーティーメンバーに軽く挨拶をした後しばらく世間話をしていると、突如喧騒を突き破る声が冒険者達の耳を貫いた。
「総員注目!!!!!」
その声に一瞬で空気が静まる。
和やかな表情だった冒険者の顔つきは真剣なものに打って変わり、その視線は高台に巨大な戦斧を突き立て全体に視線を送るヴラドに注がれていた。
「これより新たに発見された古代遺跡の未踏領域、その探索クエストを開始する! 知っての通りこの遺跡では未だ"ボス"の存在が確認されていない。 よって此度の探索で遭遇する可能性は非常に高い! 皆くれぐれも警戒を怠らずに挑むように!」
ヴラドの言葉通り遺跡には必ずそこを根城とする魔物がおり、群れとなった魔物には独自のヒエラルキーが存在する。
そしてその頂点に君臨する魔物こそが"ボス"と呼ばれる個体なのだ。
しかしこの遺跡が発見当時に行われた探索では幾らかの魔物は居たもののボスらしき存在は確認されず、アーティファクトなどの収穫も得られなった。
この事から今回の探索中ボスと遭遇する可能性は高いと言える、その場にいた冒険者達の額には薄らと冷たい汗が流れた。
「だが我々は何もヴァルハラを賑やかにする為に進むのではない! かつて見つかることは無かったアーティファクト発見の可能性も同様に高いのだ、伝説を手にし英雄となった者の始まりはこの地だったのだと歴史に刻んでやろう!!!」
その言葉は冒険者達の好奇心を掻き立て、緊張感で張りつめた空気は程よい緊張を残しながらも明るい空気へと一変した。
これもギルドマスターの資質なのかとシルトアが感心しているとヴラドからの視線を感じる。
『頑張れよ』
そんな風に言いたげな視線にシルトアは力強く頷く。
(せっかくギルドの皆が用意した機会に下を向いて怖気付いてたなんて一生後悔する、今はただ前を向いて全力で挑むだけだ!)
無論緊張はしている、だがそれは決して身体をがんじがらめに縛るようなものじゃない。
薄く身に纏うような程よい緊張と決意を胸に、冒険者達は遺跡へと足を踏み入れた。
──遺跡突入からしばらく。
ヴラドを先頭にパーティー同士が間隔を空けながら列となって突入し、およそ30分が経過した。
シルトアが視認できるのは前方を進むパーティーの松明の灯りと、ビルケスが持つ松明の炎に照らされて見えるゴツゴツとした地面。
そして岩肌の露出した壁の質感のみであり視界のほとんどは暗闇に覆われていた。
「流石に暗いな・・・・・・」
「そりゃあな、だがこれでも安全な方だろ? 列の中央を歩けてるんだからよ」
「やっぱ中央だと安全なのか?」
シルトアが時たま足元を確認しながら歩いているのと違い、慣れた様子で歩くビルケスはヴラド流の隊列について話してくれた。
こうして間隔を空けて進むのはひとえにリスクを分散させ生存率を上げる為だそうだ。
列の両端から実力の高い者を順に配置し、何かあれば即座に伝達し対処する。
よって端に近いパーティーほど危険な役回りとなるのだ。
何よりこの陣形における最たる利点が全滅のリスクを極限まで抑えられることだ。
「もし今、強力な魔物が出たとしたら最優先にすべきことはなんだ?」
「それは勿論、退路の確保だろ?」
ビルケスからの問いに答えたシルトアだったが返ってきたのは『半分正解』という言葉だった。
非常事態が起きた時に最優先で行うべきことは1人でもいいから生存者を出すこと。
もし全滅でもすれば何が原因で全滅することになったのかを伝える者すら居なくなり二次被害を起こす恐れがある。
パーティー同士が間を空けているのは何か起きた際に1度に死ぬ人数を少しでも減らす為なのだ。
残酷な話だが確かに理にかなっているとシルトアが感じていたその時である。
「総員そのまま進みながら聞け!」
最後尾にまで響き渡るほどの強い声。
ヴラドの声に冒険者達は驚いたものの、言葉の通り歩みを止めず耳だけ傾けた。
「これから目標となる未踏領域に入る! いつ魔物が襲ってきてもおかしくはない、常に戦えるようにしておけ!」
冒険者達は各々の武器に手を掛け、警戒を強めながら未踏領域へと足を踏み入れていく。
そしてシルトア達もそれに続いた────
「なんだ、ここ・・・・・・」
狭い通路を抜けた先でシルトア達の視界に飛び込んできたのは、風化で崩れた天井の隙間から差し込む光に照らされる見渡す限りの金属の壁。
そして城1つが丸々収まってしまいそうな程巨大な竪穴だった。
所々が崩れているが壁には均等に深い溝が刻まれ、寸分の狂いなく整えられたその造形はかつて存在した文明が如何に発展していたかが見て取れる。
そのあまりに現実離れした光景にシルトアは息を飲み目を丸くして眺めるしかなく、それは他の冒険者も同じでありビルケスもこの光景に圧倒されていた。
「こっちが本体だったのか! にしてもこれ程の規模とは・・・・・・」
「これが、古代遺跡!!」
シルトアにとってそれは夢にまで見た光景だった。
子どもの頃から憧れていたアーティファクトが眠る古代遺跡に興奮で我を失ってしまいそうだが、咄嗟に深呼吸をし心を落ち着かせる。
「大丈夫か?」
「あぁ、行こう」
ビルケスの声に頷くと冒険者達はヴラドに続いて崩れていない足場を頼りに竪穴を降り始める。
竪穴の壁面には幾つか赤い光が明滅し不気味な雰囲気を感じるものの、それ以上に壮大でどこか寂しさを覚える光景だった。
──未踏領域に潜り始めてから2時間ほど経っただろうか。
今の所魔物の気配はおろか痕跡すらも見当たらず、最初は神秘的に感じた静けさもここまで何も起きなければ退屈に思える。
何よりいくら降りても全く底が見えず、時折竪穴から吹き上げる冷たい風だけが『まだ先は長い』とこちらに告げているようだった。
「にしてもアーティファクトなんてどこにあるんだよ!」
「魔物も出てこねぇしな〜」
「俺そろそろ飯にしてぇよ・・・・・・」
遺跡に入ってから約3時間。
見掛けた小部屋を探しては降りるの単調作業に加え代わり映えのない景色、疲労から漏れる愚痴も仕方ないだろう。
その様子を見たヴラドは共に歩く黒い外套を纏った冒険者に耳打ちすると、冒険者は音もなく消えるように駆け出した。
しばらくすると先程の冒険者が彼の元に戻り何かを伝える、するとヴラドは冒険者達に振り向き口を開く。
「皆! これ以上の探索は日が暮れる、よってこの先で休憩を取った後に本日の探索は切り上げることとする!」
ヴラドの言葉に冒険者達からは安堵の声が漏れた。
それはシルトアも例外ではなく、夢にまで見た舞台で高揚していたとはいえ疲労は隠せない。
冒険者達は少し重くなり始めた足を動かし先へと進んだ。
ヴラドを先頭に竪穴から逸れた通路を進んでいくと次第にその終わりが見えるが、そこからは眩い光が射し込む。
目を細めながら進み通路を抜けると、冒険者達の目に飛び込んできたのはまたしても現実離れした光景だった。
そこは地面から壁に至るまでの視界に映る全てが白に統一された異様な空間。
天井は小石を全力で投げてもまるで届かぬほど高く、太陽と見紛うほどの光を放ちこの場を照らしている。
円柱状に作られた広大でいて何も無い空間は決して現代で見ることの無い光景であり、シルトアは無機物的な冷たさと不気味さをこの空間に感じていた。
「流石に疲れたぁ!」
「ここまでの広さとは思わなかった・・・・・・」
「そうか? 俺はまだまだいけるぞ」
通路終わりの段差を下りると地面は歪みなく滑らかに整えられており休むにはうってつけだろう。
パーティー毎に分かれ各々が休息を摂る中、シルトアはビルケスのパーティーと共に買っておいた糧食の封を開けていた。
「これ栄養豊富なのはいいけど味がなぁ、固いうえにパサついてるから口の水気全部持ってかれるし」
「糧食だぞ? 流石に味の追及なんて出来んだろうよ」
シルトアは薄茶色をした長方形の固形物を眺めながら愚痴をこぼすのに対し、ビルケスはそんなものだろと言わんばかりに自身の分に齧り付く。
シルトアも文句を言いつつ食べ切ると乾いた口を水筒の水で潤し、深く息を吐きながら思い切り背伸びをする。
そのまま固まった肩をほぐそうと地面に手を付いた時、ふと違和感を感じた。
(ん? よくよく考えるとおかしくないか? 最初はなんとも思わなかったけど、ただの地面がこんな滑らかな肌触りって。 それに・・・・・・)
シルトアが感じた違和感、冷静に振り返ることで初めて分かる当然のこと。
"何故こんなにも綺麗なのか"
歪み無く平坦、それでいて1つの汚れもない真っ白な地面はまるで塗りたての城壁のよう。
(有り得るのか? いくら技術力があったとしても古代から存在する遺跡の地面がこんなにも綺麗なままで残ってるなんて・・・・・・)
事実、今まで降りてきた竪穴は崩れていたりこの空間においても目を凝らせば壁面の所々に劣化が見て取れる。
なのにこの地面だけは一切の劣化も汚れすらも見当たらない、まるでつい先日出来上がったかのような・・・・・・
「どうしたシルトア? 自分の分じゃ足りなかったか?」
神妙な顔つきのシルトアを茶化すようにビルケスが声を掛ける。
「いやそれがさ、ここどうもおかしい──」
シルトアが疑問を口にしようとビルケスに目を向けた瞬間、背筋に寒気が走る。
得体の知れない何かが迫り、心臓を掴まれるような圧迫感と緊縛感にシルトアの身体が全力で危険を訴えた。
「っ!」
「ここから離れろぉ!!!」
シルトアが声を上げる寸前、ヴラドからの怒号にも聞こえるほど緊迫した声が駆け巡った。
直後、地面の中心に亀裂が走り耳を劈くような轟音と共に地面が爆ぜる。
立つこともままならぬほどの衝撃の中シルトアの目が捉えたのは、砂塵と共に巻き上がり雪のように降り落ちる血と肉片。
そして血煙の中で揺らめく巨大な影だった。
第3話、お読みいただきありがとうございました!
・面白かった!
・続きが気になる…!
・取り敢えず良かった!
と思えば是非とも☆評価をお願いいたします。
何よりの励みになりますし今後の活力となります!!
少しづつですが閲覧数も増えており嬉しい限りです!
もっといえば感想やブックマークなども欲しいですが……
目指すは閲覧数3桁!
というところで本編に触れていきますが私のオリジナル要素である古代遺跡、一体どんなものなんだろうと特に強く構想を練った箇所でもあります。
それを限られた語彙の中で表現するのには苦労させられました笑
皆さんがシルトアの見た光景を想像した時、私の描いていたものと近いことを祈るばかりです!
そして最後には何やら不穏な空気が……
大波乱となる第4話をお楽しみに!!