第22話 束の間の休息
スタンピード第1波の掃討から数時間。
夜闇に包まれる中、冒険者達は各々が仮設テントの傍で焚き火を囲み食事を摂っていた。
シルトアの活躍によって魔物の大群を一掃した後、第2波の到達まで余裕があることを確認したヴラドは陣形を臨戦態勢に移行することを決定。
充分な余力がある冒険者を中心に魔物の死骸の処理、怪我人の手当てや物資の補充などを行った。
そして、第1波掃討における功労者のシルトアはと言うと。
「ラナお前、取りすぎだぞ」
「シト、神の使いである私は消耗が激しいのです。 なのでこれもいただきます」
「おい! 俺の皿から取るな!」
隣に座る神の使いの少女と言葉を交わしながら、焚き火の上で煮える鍋を囲んでいた。
その中身は今回運んできた物資と村民からの厚意でいただいた野菜を使った、シルトア特製のスープである。
香草を効かせた半透明のスープには芋に人参に葉野菜、そして太めのソーセージ等の具材が色彩豊かに輝いていた。
噛めば快音と共に肉汁が溢れるソーセージ、歯を通せば柔らかに解ける野菜達などなど。
少し冷える夜には持ってこいである。
そんな折、シルトアは詳しく聞きたいと思っていたことをラナに訪ねた。
「なぁラナ、あの赤い煙は何だったんだ? 魔物の様子が明らかに異常だったし・・・・・・」
シルトアが切り出した質問にラナは食事の手を止め、スープの器を膝の上に乗せて話し始める。
「あの煙は特別に調合された瘴気で作られています」
「!?」
「神経に作用するそれは、摂取した魔物の理性
を狂わせ──」
「ちょ、ちょっと待て!」
シルトアは酷く焦った様子でラナの口を手で塞ぐと、開ききった目で当たりを見回す。
(誰も聞いてない・・・・・・ よな)
「危ねぇ・・・・・・」
「ふぃと、どうひたのでふか?」
「悪い! えっと聞き間違いじゃないよな、あの煙の中身は?」
慌ててシルトアは手を離すと焚き火の音に紛れるよう声を潜め、ラナにもう一度尋ねた。
「はい、シトの知る瘴気と同じものです。 付け加えるのであれば瘴気を元に調合を行った薬剤になります。」
シルトア同様に声を抑えて応えるラナ。
どうやら以前に魔物について話した時、小瓶の中に残った黒い粒子を見てラナはその結論に至ったらしい。
聞き間違いではなかった事にシルトアは両手で頭を抱える、その様子にラナは訳も分からず小首を傾げた。
それから数秒、シルトアは顔から手を離しゆっくりと口を開く。
「人には影響・・・・・・ 無いよな?」
「はい、あの場にいた魔物を対象に濃度と範囲を調整したので人体には無害です」
「そいつは何よりだ・・・・・・」
シルトアは深く息をつき、前のめりに姿勢を変えて話し始めた。
「いいか? まず前提に瘴気を使った実験や研究は国関係なく禁止されてる。 魔物の元って言われている以上は当たり前だがな」
古代の文明を終わらせたとも考えられている存在、瘴気。
過去には魔物の死骸から集めた瘴気を動物に注射したところ、凶暴化したという事例もあり倫理的な観点からも瘴気についての研究はご法度とされている。
「で、だ。 そんな代物を研究どころか実戦で使ったと知られたら、俺らはどうなると思う?」
「推察、シトの話した内容から考え極刑は免れないでしょう」
「あぁ、だからこのことは内密に頼む」
「分かりました、シト」
2人は顔を見合せ固く約束を結んだ。
その時である。
「おーい、あんた! あん時は助かったぜ。 まさか魔物を纏めて相手しちまうとはな! 一体どうやったんだ?」
「んお! あ、あぁ〜 えっと・・・・・・」
突然、見知らぬ冒険者から声を掛けられたシルトア。
今の今まで話していた内容に触れる質問にどう答えるべきか悩んでいると、その冒険者の後ろから見慣れた大男が歩み寄ってくる。
「おいおい、冒険者にそれを聞くのは野暮ってもんだぜ?」
「そ、そうっすね! 悪かったな、あんた!」
背後から響くヴラドの声に肩を跳ねさせる冒険者の男は、即座に振り返り頭を低くしながらそそくさとその場を後にした。
バツが悪そうにも見える男の様子をシルトアが不思議がっていると、ヴラドは2人の対面にある小岩に腰を降ろす。
「あいつは今回、偶然この街にいたからスタンピードに参加した冒険者だ」
「確かに見慣れない顔だったが・・・・・・」
「冒険者の中には、珍しい技術を持ってる奴に仕組みを聞いて自分の手柄にしようと企む奴もいるのさ」
「個人の強みを横取りしようとしてるってことか?」
シルトアは木製のグラスを取り出すと水筒の水を注ぎヴラドに手渡す。
「まぁそういうことだ、気い付けろよシルトア。 冒険者として名が上がれば、ああいう手合いは毎日のように来る」
「あぁ、助かった」
この忠告にはヴラド自身の経験も含まれているようで、いまいち実感の湧かないシルトアにとっては有難いものだった。
が、しかし。
「で? 実際のところどうなんだよ。俺にだけこっそり教えてくれねぇか?」
「おぉい! 今あんた、聞くのは野暮だって言ってただろ!」
せっかく感心してたと言うのに、こんなにも直ぐに後悔の念に変わるとは思いもしなかった──
「で、わざわざ来たってことは話があるんだろ?」
空になった鍋を片付けながらシルトアはそう尋ねると、ヴラドは少し間を置いた後に答えた。
「・・・・・・ ついさっき調査員からの報告が来てな、第2波に動きが見られた」
「! だったら急いで準──」
「それと、もうひとつ」
立ち上がろうとしたシルトアを制止するようにヴラドは言葉を続ける。
「"核"が見つかった」
「!?」
ヴラドは周りに聞かれぬよう声を低く落とし話し始める。
「遠方から望遠鏡を使って視認出来たってくらいだから推定ではあるがな、ボイリング・ブル。 核はそいつだ」
「! 上級区の魔物並みに凶悪な奴かよ・・・・・・ 待て、ってことは核は群れか?」
シルトアは山盛りの苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、不安を吐露する。
「いいや、1体だけだ。 体躯のデカさから見て群れの長争いで最後に負けた個体だろうな」
「なるほど・・・・・・ そいつはかなり気が立ってそうだな」
ボイリング・ブル
鼻の付け根に鋭い2本の角を持ち群れで活動する魔物の一種。
この魔物は年に1度群れの長の座をかけてオス同士で争い、その年の長を決める習性がある。
特筆すべきは長を決める最後の勝負で負けたオスは群れから追放されるという点だ。
これには負けたオスが反乱し群れの秩序が乱れることを防ぐ為に行われているらしい。
それにより群れから追放された個体は気性が荒く、群れとしてでは無く個としての高い脅威度を誇る。
するとヴラドは少し顔を俯けて口を開いた。
「あぁ、討伐には手を焼くだろうな。 特に気をつけねぇといけねぇのは──」
「岩盤すらも砕くほどの破壊力を持つ突進、だろ?」
「!」
瞬間、ヴラドは丸くなった目でシルトアの顔を捉えた。
「俺を討伐隊に入れたいんだろ? じゃなきゃ核が見つかったなんて話する理由が無い。 上手く隠して話してるつもりだろうがバレバレだぜ?」
図星をつかれたのか、渋々といった様子で彼は本題について話し始めた。
「今日のお前を見て思っちまった、あれを耐えたお前が居ればボイリング・ブルにおいての最大の脅威を大きく軽減出来るってな。 だが・・・・・・」
何時もの騒がしさが嘘のように苦悩するヴラド。
核の討伐にいくらメイガスとは言え、スタンピード初経験の冒険者を向かわせることへの忌避感。
しかし、シルトアが居ることによって討伐の難易度が大きく変わるだろうと確信していたこともまた事実であった。
無意識的にそうしているのかは定かではないが、古代遺跡の探索で一度はシルトアを見捨ててしまったことがヴラドの判断をより鈍らせていたのかもしれない。
しかしその不安は杞憂だった。
「先に言わせてもらうが、元より討伐隊に加えて貰えないかあんたに相談しようと思ってた」
「何?」
シルトアは明るい表情と声音で話し始める。
「前までの俺ならここまで積極的じゃなかったかもな。 アーティファクトを手に入れたいと言いつつも、実際は心のどっかで夢物語と諦めてた」
するとシルトアは隣で眠たげに頭を揺らすラナに目を向け、噛みしめるように呟く。
「でもこいつと出会った、お陰でやってみたいことだらけだ。 それに俺が原因かもしれないんだ、気にするなって方が無理だろ」
「・・・・・・」
「だからあんたはいつもみたいにバカでかい声張って言ってくれればいい、"任せた"ってな」
焚き火の灯りに照らされるシルトアの瞳、そこに反射する炎がシルトアの意志に応えるように煌々と揺らめいていた。
「・・・・・・ったく、久しぶりに見たよお前のその目は。 いいだろう、シルトアお前に任せる!!」
ヴラドは決心を固め立ち上がる。
シルトアに与えられたのは討伐隊の役目、核たる魔物ボイリング・ブルの討伐だ。
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