第20話 開戦間際の空気を胸に
首都テルセリアから北へ2時間、大森林手前の農村に冒険者達は集まっていた。
村民は既に避難済み、ここに居るのは自ら志願した者のみである。
昨日まで長閑な空気の農村だっただろうが、一夜にして戦闘に向けた物資が山と積まれた緊張感が漂う第一線の拠点へと様変わりしていた。
そんな場所に盾を担いだシルトアが到着すると真っ先にヴラドが声を上げて歩み寄る。
「おぉ! シルトア!! 来たか」
「すまないカーリルさん、もしかして遅れたか?」
「いいや、時間通りだ。 余計な体力を使わないよう設営は職員の者でやることになってるのさ、まぁそれでも体を動かさないと気が済まない奴らが何人か混ざってるがな」
するとヴラドの肩越しに木箱を運ぶミルニアの姿が目に入った。
こちらに気づいたのか軽く手を振る彼女にシルトアも振り返す。
「なるほどな、正しく総動員って訳か」
「あぁ、にしてもお前そのコート・・・・・・ あん時以来だな」
「まぁな、うちの神の使いのお陰だ」
「そうか・・・・・・ で、肝心の嬢ちゃんはどこに?」
「ここにいます」
その声とともにシルトアの右腕に嵌められたブレスレットが輝くと、光の粒子が集まり少女の姿を形作った。
「なるほどなぁ、そこにいたのか」
感心するヴラドを尻目にラナはシルトアに向けて手を差し出した。
「シト、帽子を」
「あぁ、ちょっと待ってくれ。 はいよ」
シルトアは肩掛けの鞄を探り、焦げ茶色のキャスケット帽を取り出すとラナに手渡した。
するとその様子を不思議がったヴラドが声をかける。
「ん? その帽子はラナの嬢ちゃんの服みてぇに光の粒にはできんのか?」
「いや、できるんだが何でかこいつは──」
「この衣服は元となった物を粒子へと分解して収納しており、実体化する際には元の形に極力近い形で再構成しています」
「あ〜〜、つまり?」
「光の粒にすると、その都度ほんの少しだけ形が変わるから勿体なくてやりたくないんだと」
小難しい言葉に目を丸くするヴラドに対してシルトアが極力噛み砕いて説明した。
あの日にラナはシルトアから帽子を貰ってからというものの、どこに行くにも常に肌身離さず身に付けている。
先程の言葉の通り、光の粒子から衣服を構成すると原型からは少しズレた言わば模造品となってしまうらしい。
その為ラナは気に入った帽子が変わってしまうのをもったいなく思い、ブレスレットに入る際には毎回帽子をシルトアに預けているのだ。
「なるほどな、嬢ちゃんの拘りって訳か」
「まぁ拘るのは構わないんだが毎回これなもんで、その度に帽子しまうのも面倒なんだよな」
「そんなもん、お前が被ればいいだろ?」
至極当然の疑問だろう、わざわざ仕舞わずとも帽子なのだから被ればよい。
それはシルトアも理解している、しかし事はそう簡単な話では無い。
「・・・・・・ずいだろ」
「ん? なんつった?」
「恥ずいだろって! 神の使いとはいえ女の子が被ってた帽子をそのまま被るってのは・・・・・・」
途端に二人の間に流れる微妙な空気、予想外の言葉に面食らったヴラドは目を逸らしながら誤魔化すように解決法を提案した。
「あ〜 そうか、そういう奴だったなお前は。 じゃああれだ! 肩のそれつかえよ」
「肩? ・・・・・・あぁ! 確かにそうだな」
ヴラドの肩を指差す動きを見てシルトアは自身の左肩に目を向ける。
コート類には必ず付いている肩の留め具、勿論シルトアのグレートコートにもその留め具はあった。
装飾品を身に付ける時に使う物らしいが、これなら邪魔にならず帽子を固定できるだろう。
シルトアが次からはそうしようと考えているとヴラドの声が耳に入る。
「さて、そろそろ俺は仕事に戻る。 そういやビルケスの奴ももう来てるぞ、仮設テントの方にいるから今のうちに挨拶しといたらどうだ?」
「そうだな、あんたも忙しそうだし。 ただその前に、話しておきたいことがある・・・・・・」
大森林の様子がひと目で分かる村の外周、そこには仮設のテントが所狭しにと建てられていた。
辺りを見回すと既に多くの冒険者が各々の武具の手入れを行っており、中には士気を高める為に自身の鎧を綺麗に磨いている者も見て取れる。
シルトアはすれ違う冒険者達と挨拶を交わしながら進んでいると視界の先に見慣れた男を捉えた。
「お前ら! もうじきだ、武器の手入れは済んだか? 緊急用のポーションも忘れるなよ!」
「よぉビルケス、パーティーリーダーらしいことやってるじゃねぇか」
「あ? っておぉ、シルトアだったか!」
背後からの声にビルケスが振り返ると、その顔つきが頼れるリーダーからいつもの朗らかなおじさんへと変わった。
「準備は万全ってところか?」
「まぁぼちぼちな、ってお前さんそのコートは・・・・・・」
「カーリルさんと同じ反応だな、まぁ色々踏ん切りがついたのさ」
ヴラド同様にシルトアの昔懐かしい姿に気付いたビルケスだったがそれ以上何も聞くことは無かった。
「そうか・・・・・・ お! ラナの嬢ちゃんも元気そうだな」
「はい、あなたは僅かに筋肉が強ばっていますね。 少量の飲酒をお勧めします」
腰を屈めて挨拶をするビルケスにラナは軽く頷いて答える。
「すげぇな嬢ちゃん! そこまで分かるのか!」
「ってことはビルケス、あんたも緊張してんのか? 前にスタンピードの経験があるとか言ってなかったっけか」
「確かにあるが、そん時は俺もまだ銅等級だったから後衛の部隊だったんだよ。 それにあんな光景は何回やっても慣れねぇぞ?」
その言葉にはおふざけでも何でもない真剣な思いが感じられた。
それを察し、シルトアも反射的に気を引き締めなくてはならないことを強く自覚する。
「そうか・・・・・・そうだよな。 これから俺らが相手にするのは」
「あぁ、紛れもない"災害"だ。 シルトア、ガチガチになるまで緊張しろとは言わねぇが・・・・・・ 気ぃだけは抜くなよ」
「・・・・・・ 分かった」
シルトアとビルケスが互いに言葉を交わし終えた時、見計らったかのようにギルド職員の青年が仮設テントの区画に走り込んできた。
「冒険者の皆さん! ギルドマスターからの招集です! 各自戦闘態勢を整えて集合してください!!!」
その声にその場にいた全員の目付きが変わり、各々が顔を見合せて頷くと移動を始める。
「来たな、行くぞ」
「あぁ」
ビルケスの言葉に応えるとシルトアも担いでいた盾を腕に装着する、その目には歴戦の冒険者にも負けじと喰らいつくような強い意思が宿っていた。
北の大森林を一望できる平原に集まった冒険者達、背格好に並びもまばらな筈だが不思議と一体感を感じさせる。
「総員! 俺に顔を見せろ!!」
その時轟いた獣の咆哮の如き声。
目を向けた先には古代遺跡探索時の防具に、金色の装甲を組み合わせた鎧を身に纏うヴラドの姿があった。
装甲には無数の傷が残り金色もくすんでしまっている、しかしその本質たる輝きは今も一切失われていない。
「皆、良い顔だ。 それではこれよりスタンピード阻止の作戦概要を伝える!! 陣営は大きくわけて2つ、まず前衛は銀等級冒険者を中心に半月状に展開。 中心と両端には金等級の冒険者を配置しまずはスタンピードの第1波を掃討する!」
スタンピードにはおよそ3段階の波が存在する。
第1波として来るのは縄張り争いに参加する力が無く真っ先に住処を追われた比較的弱い魔物、割合で言えば最も多いが前衛を務める冒険者からすれば大した脅威では無い。
第2波の魔物は縄張り争いにて生き残った魔物。
手強いのは勿論、凶暴性が特に増しており複数人で囲んで各個撃破しなくては陣形の瓦解を招く恐れがある。
最後に第3波、またの名を核。
縄張り争いの頂点に君臨した魔物のことであり、第3波とは言うものの実際には核の魔物が第2波の中にいるという認識が正しい。
これを叩かない限りはいくら魔物を倒そうともその侵攻は止まらず、逆に核さえ潰せばスタンピードは自然と消滅に向かう。
「第2波の兆候を確認したら陣形を縮小させ密度を高める! 後衛は銅等級の冒険者で構成、前衛の支援を行う!」
(前衛に入れてくれたこと、改めて礼を言うぜカーリルさん)
シルトアは心の内でヴラドへの感謝を口にしていた。
それはほんの数十分前────
「・・・・・・ ってのがラナから聞いた、スタンピード発生原因の推測だ」
(証拠もない以上、流石に誰かが仕組んだかもとは言えないがな・・・・・・)
シルトアがヴラドに伝えた内容、それはラナから聞いた内容とは少し異なる。
人為的な可能性という点は伏せ、倒した岩蜘蛛の死骸から溢れる瘴気が原因かもしれない。
事実として強力な魔物はより濃度の高い瘴気を持つとされている為、尤もらしく聞こえるだろう。
「なるほどな・・・・・・ で、お前は俺に何をして欲しいんだ?」
「!?」
数秒思案した後にヴラドから飛び出る言葉はシルトアにとって予想外のものだった。
シルトアが驚きの表情を見せているとヴラドは真剣な面持ちのまま言葉を続ける。
「お前の目を見りゃ分かる、ただそれを伝えに来るだけならそんな目はしねぇ。 いいから言ってみろ」
「流石だな、あんたの言う通り頼みがある・・・・・・ 俺を前衛に加えてくれ。 推測が正しいなら原因を作ったのは俺も同然なんだ」
(そうだ、例え誰かが利用していたとしてもどの道俺が原因って可能性は充分にある)
一切のブレがない真っ直ぐな視線でヴラドを射抜く。
その視線を瞬きすることなく受け止めるヴラドは熟考の末に口を開いた。
「悪いがその頼みは叶えられねぇ、前衛に1人でも多くの精鋭が必要なのは間違いない。 それに普通ならお前さんを銀等級にしてやれるところだが──」
「じゃあ!」
「"普通"ならって言ったろ? 普通は昇級を認められれば試験を経てギルドから新しいカードを発行できる、だがメイガスとなれば話は別だ」
するとヴラドはギルドの仕組みについて軽く触れつつ説明を始める。
「メイガスとなり強くなったからと言ってそのまま通す訳にはいかねぇ、ちゃんと使いこなせているかは勿論。 違法なアーティファクトじゃないかを決められた期間見てやっと許可が下りる、1日や2日じゃできるもんじゃねぇのさ」
「そうか・・・・・・」
ヴラドの言葉は至極当然のものだった、彼はギルドマスターである以上守るべき規則への責任は誰よりも重い。
その時シルトアが話していたのはいつもの冗談が効くヴラドではなく、厳格なギルドマスターのヴラドであった。
「あぁ、まぁなんだ詫びと言っちゃなんだが俺の糧食をやるよ。 お前さんの機会は近いうちに必ずあるからよ」
「・・・・・・ どうも」
そう言うとヴラドは糧食の包みをシルトアの手に乗せ、背を向けて歩き出す。
(まぁ、いくらメイガスでもスタンピードの経験も無い銅等級を前衛には入れられないよな・・・・・・)
己を諦めさせるように慰めていると、手渡された包みの感触に違和感を覚えた。
(? 何だ・・・・・・)
紐を解き開いてみると中には少し形が崩れた糧食、そして雑に差し込まれた1枚のカード。
シルトアはカードを手に取り眺めると、どこか悪い笑みを浮かべた。
「なぁカーリルさんよ!!」
「・・・・・・何だ?」
シルトアの張り上げた声にヴラドは足を止めると、振り返らずそのまま応える。
「もしもだけどさ、銅等級の冒険者が後々受け取る予定だった銀等級のギルドカードを"たまたま"拾った場合。 その時スタンピードの阻止に参加したら前衛と後衛、どっちになるんだろうな?」
「そりゃあお前、カードを落としちまったのはギルドのひいては管理してたギルドマスターの責任だからな。 照合してる暇もない以上、銀等級のギルドカードを持ってんなら前衛になるだろうよ」
掲げたカードを見つめながら一言一言を大きな声で発するシルトアに対し、ヴラドも同じようなわざとらしい声色で返す。
「ふ〜ん、まぁ! そんなことは滅多にないだろうがな!」
「当然! そんなことを起こすような間抜けなら、銅等級の冒険者が隣で戦ってても気付かないだろうな!!」
そう言うとヴラドは高らかに笑いながら再び歩き出し人混みの中に消えていく。
「ったく、ここ数日ギルドに居ないと思ったら・・・・・・ 」
(礼を言うぜ、カーリルさん)
材質は変わらないものの小さな木の板を掘って出来た溝に流し込まれたインクは今までと違う等級を示す。
シルトアの手に握られたカード、それはメイガス登録を終えて銀等級へと昇級した新たなギルドカードであった────
そして現在。
「さて・・・・・・ それでは諸君、健闘を祈る! 魔物共にこの地を荒らそうとした事を骨の髄まで後悔させてやれ!!!!!」
「「「おおおおおおおおおあおお!!!!!!」」」
轟く冒険者達の雄叫び、するとそれに誘われたのか森林の奥からおびただしい数の咆哮が響き渡った。
「来たか・・・・・・」
ヴラドは不敵な笑みを浮かべると、森林全体を見据え巨大な戦斧を掲げる。
「総員、戦闘開始!!!!!!」
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