第18話 冷たい報せ
翌朝、瞼の裏を焼く陽の光の熱さにシルトアは目を覚ました。
「ぐ、おぉあ・・・・・・ 頭が・・・・・・」
頭を動かした途端、頭蓋の裏を襲う張り詰めるような痛み。
典型的な二日酔いの症状である、シルトアは眩む頭を抑えつつも何とか上体を起こすと、そこが馴染みのない部屋のベッドであることに気が付いた。
「あれ? 昨日は確かギルドで飲んだあと、それから・・・・・・」
シルトアは記憶を手繰るように昨夜の出来事を思い出そうとしていると、見計らったかのようなタイミングで部屋の扉が開く。
「なんだ、起きてたのね」
「ミル? もしかしてこの部屋はギルドの──」
「そうよ、ギルドにある私の部屋。 精々感謝しなさい、酔い潰れたアンタに貸してあげてたんだから」
窓から外を見下ろすと街ゆく大勢の人々が目に付くあたり、陽は完全に昇った模様。
どうやらシルトアは昨晩に酔い潰れた後、ミルニアによってこの部屋に運ばれ休ませてもらっていたようだ。
「そいつはどうも、ってかお前はなんでそんな元気なんだよ」
「あら、私飲んだお酒は次の日に残さない主義なの」
「何の説明にもなってないんだが・・・・・・」
そう口にしつつシルトアは軽く伸びをするとベッドから立ち上がるが、その時ある違和感を感じた。
「そういや、ラナは?」
「ラナちゃんなら今は──」
やけに静かな朝だと思えばそれもそのはず。
もはや慣れつつあったラナによる添い寝が今日は無かったのだ。
「応答、呼びましたか? シト」
するとシルトアの疑問に答えるように心地よくも聞き馴染んだ声が部屋の外から耳に届く。
声の先へと目を向けるとそこには、シルトアから貰った帽子はそのままに何故かギルドのウェイトレス服を身に纏ったラナの姿があった。
「えっと・・・・・・ なんでラナがその服を?」
「この子がウェイトレスやってみたいっていきなり言い出したのよ。 最初は体験程度にやらせてあげてたらびっくり、配膳もお皿を下げるのも完璧で大助かりよ」
「存外楽しめました」
そう言うとラナの纏うウェイトレス服が光り始め、直後に光が弾けアメリアの店で購入した服に戻る。
(あぁ、そんな小さなサイズはどこにあったんだと思ったけど・・・・・・ ドレスの時みたいに服を作ってたのか)
その後シルトアはミルニアの後ろにつきながら、ギルド1階の広間へと重い身体を引き摺りながら降りていく。
今日も今日とて広間は多くの冒険者で賑わっており、掲示板の前でクエストを吟味する者や出発前に力をつける為と食事を摂る者と様々。
そんな中、一際目を引く大男がシルトア達に声を掛けてきた。
「よぉシルトア、ひっでー顔になってるぞ」
「んあっ? なんだカーリルさんか」
「なんだとはなんだ!」
獅子の鬣のような荒々しい印象を受ける金色の髪と髭。
鋼の如き屈強な身体を持つこのギルドのマスター、ヴラドだ。
そんなヴラドは広間のソファに腰掛け、その指先には似合わぬほど小さく見える羽根ペンを優しく握っている。
「まったく・・・・・・ お、神の使いの嬢ちゃんも元気そうだな」
「肯定、私に好調と不調の違いはありません。 そして私の名前は"嬢ちゃん"ではなく"ラナ"です」
「おっと、そうだった。 じゃあこれからは"ラナの嬢ちゃん"だな!」
言い直すヴラドにラナは無言で頷くと、シルトアは見た時から気になっていた事をヴラドに尋ねた。
「ってか何やってんだよ、わざわざ広間で書類仕事なんて。 ギルドマスター用の執務室あるだろ?」
そう指摘するシルトアの言葉の通り、ヴラドが座るソファの前にあるテーブルには何やら大量の書類が積まれている。
すると彼は妙にわざとらしく思えるにこやかな笑顔で質問に答えた。
「何せこの量だからな! 気分でも変えないとやってられんだろ?」
その大袈裟に思える笑い声はシルトアに多少の違和感を覚えさせる、そしてそれは後ろにつくミルニアも同じなようで。
「私も何度か聞いてるけどずっとあんな調子なのよ。 それに仕事とか言う割には冒険者が近くを通る度に声掛けてるし・・・・・・」
「!・・・・・・」
聞こえてきたミルニアの言葉が図星だったのか、彼の額に分かりやすく汗が滲んだ。
その反応をシルトアとミルニアが見逃す筈もなく、2人は揃ってじっとりとした視線をヴラドに注ぐ。
そんな無言の攻防を続けること数十秒、圧に負けたのかヴラドは溜息を吐きながら音を上げた。
「分かった俺の負けだ、それに隠し通すようなことでもないしな」
「やっぱりなんかあったか、それで何なんだ?」
シルトアとミルニア、そしてラナは向かいのソファに座るとヴラドは少し潜めた声で話し始めた。
「実はな、とあるパーティがクエストに行ったっきり帰ってきとらんのだ」
「それって行方不明ってこと?」
ミルニアの問いにヴラドは頷き、話を続ける。
「パーティの名は水円陣、1週間前に中級区での魔物討伐に出掛けたきり誰も見てねぇ」
「水円陣って言うと曲剣とバックラー主体の戦いが得意な? あそこは全員銀等級で歴も長いだろ。 元から期間を長めに見積もってたんじゃ?」
「それがどうも違うようでな、こっちもギルドの調査員連中に調べさせたんだが」
ヴラドは書類の束に隠していた紙を引き抜きシルトアへ手渡すと、そこに書かれていた内容を掻い摘んで説明した。
「出発した当日、宿屋にはその日の夜の宿代も払ってた。 その日門番だった騎士にも聞いたが野宿用の装備を持っているようには見えなかったらしい」
そう話すヴラドの声色は段々と深刻さを感じさせるものに変わっていき、シルトアとミルニアも察したのか同じように険しい表情を見せる。
冒険者とは常に危険が伴う仕事。
2日程度帰りが遅くなるなどは良くあることだが、1週間ともなれば銀等級のベテランと言えど話は別。
「俺が別件でギルドを空けてる間にも戻ってきてねぇ、だから他の奴らに水円陣を見なかったか聞いて回っ──」
その時、反響するほどに強く開かれた扉の音にヴラドの言葉は遮られた。
「ヴラドさんはいるか!!!!!!!」
息を切らし、青ざめた顔に焦燥を張り付かせた冒険者の声がギルドを一瞬で静寂に塗り替える。
「俺はここだ! 何があった!?」
即座に立ち上がって答えるヴラド、何も知らなければ単純な疑問が浮かんだだけだったであろう。
しかし先程までの話の内容のせいか、シルトアにミルニア、そしてヴラドには嫌な考えが背筋に張り付いてた。
「重傷の冒険者が北門に! 騎士団が応急で手当してる!!」
「! くそっ! 嫌な予感に限って当たりやがる・・・・・・ !」
ヴラドは即座に常駐する医務班を呼び出すとギルドを飛び出し、報告に来た冒険者と共に北門へと向かった。
「ラナ! 俺達も行くぞ!」
「はい、シト」
その様子を見たシルトアも立ち上がると、ラナを連れてすぐにヴラドの後を追いかける。
(何が起こってんだ・・・・・・!)
首都テルセリア 市壁北門
腕を振りながら走るシルトアと、そのすぐ後ろを顔色ひとつ変えずに腕を下げたまま走るラナ。
ギルドを出てから数分、市壁の北門には先にヴラドが到着した。
「はぁ、はぁ・・・・・・ あそこか!」
門番をしていたであろう騎士達が囲う中心、衣服と皮膚の境目が分からぬ程に血だらけの冒険者の姿が視界に入る。
「!? おいあんた! ギルドマスターが来たぞ! 踏ん張れ!」
すると騎士の1人がヴラドに気付いたのか冒険者の意識を繋ごうと必死に呼びかけた。
「すまねぇ、場所開けてくれ・・・・・・! お前ヒューイか? 何があった! 他の奴らは!?」
「ヴラド、さん・・・・・・スタンピードだ・・・・・・ 俺を生かすために、みんな──」
「おいしっかりしろ! 医務班急げ!!」
息を切らしながらも到着した医務班はすぐに処置を開始する。
そこに少し遅れてシルトアが到着したが、聞こえてきた声に思わず脚が止まった。
魔物襲撃
何らかの要因によって魔物の生態系のバランスが崩れ生息域から溢れ出し、人間の生活圏に侵攻することで大規模な被害をもたらす災害。
最も多い要因が魔物の繁殖によって起きる食料や住処の争いであり、冒険者達はそれを抑える為に魔物の討伐を行うことでバランスを保っている。
しかし、シルトアの脚を止めたのはスタンピードが起きたという事実ではなくヴラドの言葉そのものだった────
──視界に映るのはまだ少し袖が余る焦げ茶のコートと、見下ろした己の身体に纏わり付く赤い液体。
そしてこちらの両肩を掴み正面から声を掛けてくるヴラド。
「シルトア、何があった!? 他の奴らはどうした!!──」
「シト・・・・・・ どうかしたのですか?」
「!? 悪い、何でもない。 俺達もやれることを手伝うぞ!」
ラナの言葉に意識を取り戻したシルトアは顔を振ると、再び足を進めヴラド達と共に冒険者の救助を手伝うのだった。
──数時間後。
迅速な手当と騎士達による応急処置が功を奏し、冒険者は何とか一命を取り留めた。
その後、彼はギルド内の医務室に運び込まれ今現在も治療を受けている。
ヴラドは職員に冒険者をできる限り集めるよう伝えるとそれ以降は執務室から出て来ず、只事ではないと察した冒険者達の間には緊張の糸が張り詰めていた。
そんな中シルトアはギルドの受付カウンターにもたれ掛かり、内側に座るミルニアに先程の出来事について説明する。
「ほんとにそう言ってたの? スタンピードって」
「あぁ、確かに聞いた。 だがおかしくないか? なんの前兆も無くこんな・・・・・・」
「えぇ、魔物が活発になってきたなんて報告は聞いてないわ」
「少なくとも昨日まではな」
「!?」
どこからとも無く聞こえてきた声にシルトアとミルニアは思わず振り向く。
そこには手を軽く振りながら歩み寄ってくるビルケスの姿があった。
「ビルケス! 確か今日は・・・・・・」
「あぁ、中級区でのクエストのつもりだったが報せを受けてトンボ帰りだ」
肩を竦ませながらそう話すビルケス、続けて昨日までは北の大森林に異常は見受けられなかったことを2人に話す。
そのまま3人は各々の意見を話し合いながら、今後についてギルドマスターからの指示を待つことにした。
話し合いを初めてからしばらくして、執務室の扉が開くと深刻な面持ちのヴラドが姿を見せる。
「皆、待たせたな。 まず第一に噂になっているスタンピードの発生だが、これは事実だ」
ギルドマスターの口から述べられたその事実は集まった冒険者達をざわつかせる、ヴラドは少し間を置いてから話を続けた。
「現地に偵察へ向かったギルド調査員の確かな報告だ、規模は不明。 第1波は明日の正午にもテルセリア近隣の村々に到達するだろう」
語られていく生々しい実情、こうしてここに立っている間にも魔物の大群が歩みを進めているという事実。
冒険者達の背中をじんわりと寒気が伝い、思わず身体が震えてしまう。
だがその震えは何も、恐怖によって引き起こされたものではなかった。
「よってこれよりスタンピード阻止の緊急クエストを発令する! 会敵は正午頃の見込み、先に言っておくが全員参加の貧乏くじだ!!」
落ち着いた声から一変、気持ちを切り替えたかのようなヴラドの声は大気を震わしギルドに鳴り響く。
その数秒後、訪れたのは。
「言われるまでもねぇ! やってやるよ!!!」
「貧乏くじだなんてとんでもねぇ! 名をあげる機会だ!!」
「報酬はあるんだろうなぁ!?」
普通の人間であればこのような危機に歓声を上げるなど正気とは思えないだろう。
だがこの場にいるのは常日頃から魔物と戦い、その身体でもって生き抜いてきた冒険者だ。
寧ろ彼らにとっては名と等級を上げるチャンスと言える。
怖くないと言えば嘘になるが、この時点で気圧されるようでは冒険者などとても勤まらない。
「安心しろ、報酬は国が保証してくれる! さぁ己の名をあげる好機だ、明日は嫌という程に魔物とじゃれ合えるぞ!!」
ヴラドの高らかな宣誓と冒険者達の歓声は、市場の喧騒を一纏めにしても足りぬ程に騒々しいものであった。
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