第17話 異変
ザオービグ王国 北の大森林 魔生区域 中級区
「シト、背後から来ます」
「あぁ!!」
耳に届く涼やかな声に応えつつ、背後から迫る魔物の爪を躱す青年。
直後に姿勢を切り返し、隙を晒した横腹に鋼鉄の盾を叩き込むと魔物はか細い声を上げながら息絶えた。
「よしよし、大分この盾での戦いにも慣れてきたな」
一息をつきながら身体の汚れを払う青年、つい先日にアーティファクトを手に入れたことでメイガスとなったシルトアである。
「お疲れ様ですシト、大分慣れてきましたね」
「まぁな」
シルトアの頭上から耳に心地よい鈴音の如き声音が響く。
目を向けた先には太い枝の上に立ち、幹に手を添える可憐な少女の姿があった。
新雪を思わせる透き通った髪に最高級のバターのように滑らかな肌、そして片方のみはっきりと見える真紅色の瞳は惹き込まれるほどに美しい。
少女は緩く被った帽子を手で抑えながら飛び降りると軽やかに着地し、少し遅れてカーディガンの裾が草地に触れた。
その名をラナ、シルトアに名前を貰ったアーティファクトに宿る神の使いである。
「今日はここら辺にしておくか〜」
「シト、私はお腹が空きました」
「分かった分かった。 そういえば最近は訓練ばっかでギルドに顔出してなかったし、ついでに食べてくか」
揺らぎのない表情と声でラナはそう口にすると、シルトアもそれを受け入れ2人はテルセリアへと戻る支度を始めた。
幹部騎士サラスとの決闘から2週間、シルトアの謹慎処分はサラスの説得の甲斐あってか早々に解除。
それからは盾での戦闘に慣れる為に丁度よい討伐依頼を幾つか受け、練習を兼ねて魔物の討伐をし暗くなったら帰宅の生活を繰り返していた。
「にしてもバーンウルフを俺がひとりで狩れるようになるとはなぁ、アーティファクトは凄いと分かってはいたが実際に感じるとまた違うな」
シルトアはロープで縛った数匹のバーンウルフの死体を引き摺りながら、感慨に浸るように呟く。
「困惑、それ程手強い魔物なのですか? あまり脅威に思えませんでした」
「中級区の魔物ではまだ狩りやすい方ではあるがな。 獰猛な上に牙から分泌される毒は噛まれたら焼き爛れたような傷を残す、群れで動いてる分厄介な魔物だぞ」
(だがラナの言う通り、いくらアーティファクトがあるとはいえ妙に簡単すぎた。 なんか焦ってたようにも見えたが・・・・・・ 俺の気のせいか?)
薄らと感じた違和感、しかしラナの言葉に応える内にそんな些細なことはシルトアの頭からは抜け落ちてしまった。
「疑問、以前より気になっていましたがシトが口にしている低級や中級という言葉。 何より魔物という存在は何なのでしょうか?」
「あぁ、そこら辺のことはまだしっかり話してなかったな」
何となく危険な生き物という認識程度しかしていない彼女に説明するにはいい機会だろう。
2人は草木の少ない開けた場所に腰を下ろすと、シルトアはバーンウルフの解体をしながら話し始めた。
「魔物、かつて起きた古代瘴気戦争によって大地に拡がった瘴気を取り込んだ動物が突然変異したのが起源なんじゃないかって言われてる。 その証拠に魔物の体内には微量だが瘴気らしきものが含まれてるそうだ」
シルトアはそう言いながら小瓶を取り出すと水筒に入れていた地下水を注ぎ、そこに解体した魔物の血液を垂らし軽く振ってみせる。
すると血は水に溶け見えなくなった代わりに、小瓶の中に極小さな黒い粒が少量残った。
「研究者達の中ではこの黒い粒こそが瘴気なんじゃないかってさ、人にも動物でもなく魔物の血にだけこれが混ざってるからな」
魔物についての説明を一通り終えたシルトアは1度手を拭き、懐から折り畳まれた簡易的な地図を取り出しラナへと手渡す。
「そんな魔物が生息する地域の危険度を低級から上級にまで大まかに分けたのが魔生区域って訳だ」
「なるほど、理解しました」
そしてシルトアはラナに区域ごとの簡単な説明も行った。
低級区、城壁に囲われた都市などの人が住む場を除く草原や森林全てがこれに該当する。
野生動物の中に脅威度の低い魔物が混じっている程度であり、後述の区域と比較しても危険の少ない初心者向けの区域と言える。
中級区は森林の奥部などの人里からより離れた場所にあり、その境界は生息圏の変化や魔物同士の縄張り争いによって常に変わり続けている。
凶暴な魔物が増え、ある程度戦闘慣れしていなければ大怪我も免れない。
中級区で安定して稼げるようになれば一人前の冒険者と言えるだろう。
更に危険度の高い上級区はその殆どが確立された縄張りであり、境界の変化は滅多に無い。
危険度は跳ね上がり熟練の冒険者でも少しのミスが命取りになりうる。
金等級以上の冒険者でなくては出入りが許されておらず、上級区に挑むことは冒険者にとっての誉れなのだ。
「ざっとこんな感じだな。 まぁ、これとは別に特異区ってのもあるが・・・・・・」
「疑念、特異区とは?」
「あぁいや! 今の俺らには関係ない話さ」
するとシルトアは素材を剥ぎ取り終えて残った死骸を一箇所にまとめ火をつける。
「最後だが魔物の死骸は放っておくと独特な臭いを出し始め、それを嗅いだ別の魔物が興奮して寄ってくる。 これも瘴気が関係してるらしいが・・・・・・」
「理解、安全のためにも燃やす必要があるのですね」
死骸が放置されたことでそれを嗅ぎ付けた中級区に住む魔物が、低級区に進出し初心者冒険者が命を失う例は少なくない。
そういった事故を防ぐためにも必要なことだろう、だがシルトアにはまた違った考えもあった。
「無論それが一番大事な理由だろうな、けど俺としては弔いの意味もあると思ってる。 魔物とは言えこいつらも生き物なんだ、だからせめてちゃんと送ってやらないとな」
その言葉を最後に2人は魔物の死骸が燃え尽きるのを見届け、その場を後にしたのだった────
首都テルセリア 冒険者ギルド
「はいラナちゃん、あ〜ん」
「あー・・・・・・む」
「美味しい?」
「はい、とても美味しいです」
「可愛いなぁ〜もぉ!!」
ズラリと料理が並んだ木製の丸テーブルにつくシルトアとラナ、そして対面に座るブロンドの三つ編みを揺らす青眼の少女。
彼女はまるで雛鳥に餌を与えるかのようにラナの口に料理を運び続けていた。
ギルド職員にしてギルドマスターの娘、ミルニア・カーリルである。
「ラナちゃん、次は何がいい?」
「ではそのミートパイを」
和やかな光景に水を差すことにもったいなさを感じつつも、シルトアはミルニアに声を掛けた。
「あの〜ミル? ミルニアさん?」
「どうしたの、騎士団と揉めて謹慎処分になったことを今日まで直接報告に来なかったシルトアさん?」
穏やかな表情から発せられる鋭い言葉に、シルトアは心の表面をナイフで突っつかれているような罪悪感を感じる。
何故こんなことになっているのか、それは数十分前のこと。
シルトアとラナの2人は今日倒した分を含め、まとめて受けていたクエストの完了報告の為にギルドを訪れていた。
家と大森林を行き来してばかりだったので不思議と久しく感じるギルドのドアを開くと、シルトアは高らかに挨拶の言葉を口にする。
「皆!! 久しぶ・・・・・・り?」
「シルトア、ちょっとお話いいかしら?」
そこを出迎えたのはすぐ目の前で腕を組み、こちらを笑顔で睨むミルニアの姿だった。
ミルニアはサラスとの決闘があった日、前日での騒動による感情の落差に耐え切れず体調を崩し休みを取っていたのである。
そして休んでいる間に謹慎も終わり練習のために複数のクエストを受けたシルトアはその後、今に至るまでギルドに顔を出すことはなかった。
必然、騎士団に連行されかけたという一大事をミルニアが直接聞かされる事はなく、それに腹を立てたミルニアによって捕らえられたのである。
「いやほんと、悪かったって・・・・・・」
「はぁ、まぁいいわ。 それで? ここ最近あんた何してたのよ」
何とかため息混じりの許しの言葉を貰えたシルトアは安堵の表情を見せ、ミルニアの質問に右腕のブレスレットを見せながら答える。
「勿論こいつの練習さ、慣れてはきてるがまだ時間掛かりそうだ。 後は遺跡で倒した岩蜘蛛の素材回収の手伝いだな」
その後もあれこれと模索中の戦い方を話すシルトアはとても生き生きとしており、その目は好奇心に溢れる子どものように輝いていた。
ミルニアはその話をどこか昔を懐かしむような面持ちで聞き、酒気のせいかその頬は僅かに赤みを帯びている。
「なるほどねぇ、それにしても"また"いい目付きになったじゃない」
「? どういう意味だよ」
頬杖をつきながらこちらの顔を伺いつつ、笑みを浮かべるミルニアにシルトアは思わず肩をすくめる。
「別に? そのままの意味よ、ただ久しぶりな気がしたってだけで」
「ますます分からんのだが?」
(ほんと、久しぶり・・・・・・)
一瞬ミルニアの瞳には眼前のシルトアが数年前の姿に見えた。
まだ冒険者になったばかりで、グレートコートに袖を通し期待に満ち溢れていた頃のシルトアの姿に。
そんな時ふと思った言葉がそのままミルニアの口から抜けてしまった。
「いい機会でしょうし、あのコートまた着てもいいんじゃない?」
「え?」
「あっ・・・・・・」
2人の間に一瞬の沈黙が流れた。
するとその空気に酔いが覚めたのかミルニアは咄嗟に先程の言葉を訂正する。
「ごめんシルトア、今のは忘れて・・・・・・」
「お、おぅ」
「・・・・・・?」
2人の間に流れる言葉にならない微妙な空気、ラナはこの状況にただただ首を傾げていた────
──ザオービグ王国 北の大森林
今ここが低級区なのか中級区なのか。
そんな些細なことはどうでもいい。
胸の内には様々な感情が渦巻く。
焦燥、困惑、怒り、そして胸に宿る絶望を押さえつける使命感。
絶対に知らせなくてはならない、そうしなくては自分が残された意味が無い。
草木が肌を裂こうが関係ない、脱げ落ちた靴など知ったことか。
足裏に石が刺さろうとも地を蹴り上げ、決して足を止めるな。
これ以上走らせるなと張り裂けるような痛みで訴えてくる心臓など黙らせろ。
一刻も早く、一秒でも早く伝えなくてはいけないのだから。
「早くっ! 魔物がっ・・・・・・ 魔物の波が来る前にっ!!!」
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