第9話 波乱の幕間
「今更だが、うちで寝泊まりするんだよな?」
家の前に到着すると、シルトアは担いでいた鉄塊を降ろし壁に立て掛けながら少女に尋ねる。
「肯定、私はマスターの所有物。 我が身を主の傍に置くのは当然です」
「だよな・・・・・・ まぁ他に行く場所も無いし、部屋も余ってるからいいけども」
神の使いであれば当然のことなのだろうが、傍から見ればこの構図は犯罪にしか見えないだろうなと思いつつ自宅の扉を開く。
シルトアと少女は家に入るとそのままリビングに向かい、3人がけのテーブルに対になるよう腰を掛けた。
ただ高さが合わない為か、少女は席に座っても床に足が届かずそのまま足先をひらつかせる。
「火打石は〜・・・・・・ あったあった」
シルトアは懐から取り出した火打石で蝋燭を灯し、テーブルに伏せ置いていた木製コップを2つ手に取るとポットの水を注ぎ少女に手渡した。
「さて、休む前にひとつだけ確認したいことがある」
「質問、私もマスターに聞きたいことがあります」
「?」
言葉を返されたシルトアは多少驚きつつも耳を傾けると、少女はシルトアの目を真っ直ぐ見ながら口を開く。
「マスターは私がボンキュッボンのねーちゃんじゃなくてがっかりしましたか?」
「ぶっ!!?」
淡々とした口調で発せられる予想外の言葉にシルトアは口に含んだばかりの水を吹き出した。
「汚いです、マスター」
「ご、ごめ! っていや、そもそもなんでそんなこと!?」
思わぬ衝撃に咳き込んでいると、彼女の言葉にシルトアはギルドでの会話を思い出す。
『俺は神の使いって聞けばボンキュッボンで美人のねーちゃんってイメージだが、あの嬢ちゃんは全くの逆って感じだよな』
『ま、まぁ』
あの時、シルトアはヴラドとの会話で表現はともかく内容的には間違っていなかったので肯定的な返答をしてしまった。
見た目は幼くとも眼前の少女は紛れもなく人智を超えた存在、あれくらいの距離では小声だろうと関係ないのだろう。
(あれかぁ〜!!!!)
思い出したシルトアは少女から向けられる懐疑的な視線に気付くと、即座に弁明を行った。
「あ、あれは言い方はともかく! 間違ってはなかったから答えただけで俺の好みとは全くの別問題だからな!!」
「安堵、それなら良かったです。 この体型を変えることは今まで一度も成功しませんでしたから」
胸に手を添えながら口にする少女の言葉に、シルトアは自身が聞きたかったことを思い出した。
あの時、彼女と出会ってからずっと感じていた疑問を。
「今までってことはやっぱり、君には記憶があるのか? 俺と出会うよりも前の」
「・・・・・・分かりません。 何かがあったという意識はありますが、具体的なことは何も・・・・・・」
しばしの沈黙の後に少女が綴った言葉はとても辿々しいもので、その姿は年相応に悩み言葉に詰まる幼子のように見えた。
アーティファクトに宿りメイガスとなった者を導く存在、神の使い。
まだまだ未解明な点が多いがその中には解明された謎も存在する。
それが"神の使いはメイガスと出会う以前の記憶を持たない"ということだ。
それを明らかにしたのは数十年前。
まだアーティファクトの常識が確立する以前、ある記者がメイガスの取材中に思いつきで神の使いに質問をした。
「神の使いであるあなた方は一体どこからやってきたのですか?」
そんな素朴な疑問に返ってきた答えは「知らない」の一言だった。
彼はその後に幾人ものメイガスに許可を得て質問した結果、皆が一様に初めて現界した以前の記憶を持たないことが判明したのである。
この事実は当時の研究者にとっても衝撃であり、後になってこのような仮説が立てられた。
『神の使いは自身に相応しい器が現れることで召喚される存在である為、彼女らに過去という概念は存在しない』
以降それが常識となり、皆が神の使いとは"そういうもの"だと思うようになった。
即ち、思い出せなくとも"何かがあった"ということを記憶している時点で神の使いの出自についての仮説が根本から崩れることになる。
「そう、か・・・・・・」
「進言、私が記憶を持つことはマスターにとっては好ましくないでしょうか?」
少し俯いた少女の表情は今までと変わることなく無表情のままである。
しかし、その姿からは確かな不安をシルトアは感じ取っていた。
それを見た上で彼が口にした答えは。
「まさか、その逆だよ。 記憶があるってことはそれだけ残しておきたい、大事なことがあったってことだろ? たとえ思い出せなくても」
少女は下半月状の瞳を大きく見開くと、僅かに驚きを感じさせるような表情を見せた。
そしてシルトアは柔らかな笑顔を浮かべ、言葉を続ける。
「だから不都合なんて少しも思わないさ」
「そう・・・・・・ ですか」
一瞬、ほんの一瞬だけ。
その時の少女の口元が僅かに緩んだように見えた気がした。
「さて、次は・・・・・・ ふぁあ」
口から気の抜ける声が漏れだしたと思えばそれを皮切りに、突如として感じたことの無い強烈な眠気と疲労感がシルトアを襲った。
(瞼が、重い・・・・・・ なんで急に、いや寧ろ今まで眠くならなかったことがおかしいのか)
思い返せば初めて経験する古代遺跡の探索に岩蜘蛛との死闘、そしてアーティファクトの入手。
これだけのことがたった一日の間に起こったのだ、常人なら卒倒してしまう。
しかし恩恵により身体能力が上がったことに加えて、アーティファクトを手に入れたという高揚感で眠気を感じる暇すら無かった。
自宅という安心出来る環境にずっと感じていた疑問も晴れたことで、徐々に身体が落ち着きを取り戻し本来あるべき状態に戻ろうとしているのだろう。
「眠気が、悪いが話はまた明日に・・・・・・ ベッドは上の部屋にあるから君はそこを──」
席を立ったシルトアはよろめく足でソファに倒れ込み、言い切ることなくそのまま深い眠りに落ちていった。
あの時とは違いとても心地のよい暗闇の底へと。
「・・・・・・」
すると少女は席から降りるとシルトアが眠るソファの前まで歩み寄り、その場でしゃがみ込んだ。
そしてただ静かに、彼の顔をじっと眺め続けていた────
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