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人を好きになるというのは、いつも静かに始まる。

まるで日常のなかにひっそりと降る雨のように、気づいたときにはもう濡れていて、傘を取りに戻る余裕もない。


あおいがふたりの男性に心を向けていた時期は、仕事にも慣れ、日々の生活にも少し余裕が生まれてきた頃だった。平日と休日が緩やかに繋がり、なんとなく「この先の人生」を考え始める年齢だった。


――遥人はるとみなと


それぞれとの出会いは、数ヶ月違いだった。


遥人とは、職場の取引先を通じて知り合った。控えめで、けれど芯のある人だった。会話は穏やかで、言葉の端々に相手を思いやる配慮があった。忙しい葵の生活にも理解を示し、無理に会おうとせず、でも忘れた頃に「今日はちゃんとご飯食べた?」と連絡をくれる。彼のそばにいると、自分が大切に扱われていると自然に感じられた。


湊とは、共通の友人を通して行った飲み会で知り合った。第一印象は正直「なんて自由な人なんだろう」と思った。人の懐に入るのが異常に上手く、あっけらかんとした態度に少し警戒もした。けれど、それが作られたものではないと気づくのに時間はかからなかった。言葉も行動も、真っ直ぐすぎるくらい真っ直ぐだった。


「今日、海行こうよ」

「平日だけど?」

「だからいいんじゃん。空いてるし、急に休めるのが大人の特権でしょ?」


そんな風に日常のルールをいとも簡単に破る湊と過ごすと、退屈という概念が遠くに感じられた。


二人はまるで対照的だった。

葵の中で天秤は、ぐらぐらと揺れていた。


周囲は、遥人を推した。

「彼なら間違いないよ」

「家庭を築くにはああいう人が一番」

「湊くんは…ちょっと子供っぽくない?」


その言葉が頭の中でこだまするたび、葵は迷いを深くした。


ある日、遥人と夜の街を歩いていたとき、彼がふと口を開いた。


「もし、俺たちがちゃんと付き合うことになったら、葵はどんな未来を描きたい?」


その言葉に、葵はうまく答えられなかった。


一方で、湊とは夜の公園で缶コーヒーを飲んでいたとき、彼がぽつんと言った。


「もし俺がさ、誰かと一緒に生きてくってなったら、きっと毎日“今”をちゃんと楽しめる人がいいな。明日のことなんて、正直どうなるかわかんないじゃん?」


理屈では、遥人だった。未来のことを考えれば、安心できる相手を選ぶのが当然だった。

でも感情は、時に理屈に逆らう。


そして、ある夜。

葵は決めた。

遥人に会い、はっきりと言った。


「……ごめんなさい。私は、湊と向き合ってみたいと思ったの。」


遥人はしばらく黙っていたあと、小さく息を吐き、こう言った。


「そっか。……うん、わかった。葵が決めたことなら、それが一番だと思うよ。」


そのとき、葵は遥人の目の奥に浮かんだものを見てしまった。

失望でも怒りでもない――静かな悲しみ。


選ばれなかった彼の姿は、葵の中に小さな棘を残した。



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