番外編③『騎士団長は紳士に見えて変態でした』
――セリア=マーゴット(伯爵令嬢)の一人番外編③『騎士団長は紳士に見えて変態でした』称視点
「……あの、サイラス?」
「どうした?」
「なぜ、私の落としたハンカチを……額に当てて恍惚としてるの?」
彼は、あろうことか、洗いかけだった私のハンカチを両手で大事そうに持ち、その顔を埋め――
そして、まるで聖遺物でも崇めるような神妙な顔で、深呼吸していた。
「セリアの残り香が、まだ……ここに……」
「やめて!? 本気でやめてサイラス、それ“変態”の領域ですわ!」
彼ははっとしたように顔を上げるが、まったく悪びれていない。
「すまない。……だが、君の持ち物にはすべて“君”の気配がある。大切に扱って当然だ」
「それはわかりますけど! せめて人前ではやめて!」
最近気づいた。
サイラス=ザイークという男、外では完璧な騎士団長。冷静沈着、凛々しく、部下にも慕われる模範のような存在。
でも、私の前では――
時折、どうしようもない“愛の重さ”と“方向性のズレ”が爆発する。
* * *
ある日、彼の部屋に忘れ物を取りに行ったときのこと。
私は、見てしまったのだ。
戸棚の奥にずらりと並んだ、小さなガラス瓶。
……中には、私の使い終わった筆記用具、リボンの切れ端、飲み残しのハーブティーの乾いた葉、果ては、私が破って捨てたメモまでが、丁寧に保存されていた。
そして、それらにはしっかりと――
『第七回お茶会で使用/指先が触れていた』『誤字ありメモ:しかし可愛い』『髪が触れた可能性あり:解析中』
……なにこのラベル。誰が書いたの? 本人ですか?
「サイラスッ!! これはどういうことですの!? まるで収集家じゃありませんの!」
「誤解しないでくれ。俺は変質者ではない。ただ……君という存在の、すべてを記録しておきたいだけだ」
「その理屈がすでに変態っぽいですわ!!」
だが困ったことに、彼はまったく悪気がない。
むしろ誇らしげで、自信満々で、そして――
「……それらが、君の一部である限り、俺は大切に守る。世界に一つしかない宝だ」
その言葉に、ちょっとだけ胸がきゅっとしてしまう私も、どうかしている。
* * *
後日、彼の部下にそれとなく話してみた。
「団長って……昔から、少し変わってらっしゃるのですか?」
「え? ああ、団長ですか。いや、以前はそうでもなかったんですけどね」
「え?」
「マーゴット令嬢に出会ってから……ちょっと、言動が“濃く”なったというか……“一途”すぎるというか……」
――やっぱり、原因は私だった。
* * *
それでも、彼はいつも私を一番に考えてくれる。
変態? ええ、否定しません。むしろ、その偏った情熱が、時々……少しだけ、嬉しいのです。
「セリア、君の古い手袋……保管していいだろうか?」
「それは保管じゃなくて、収蔵ですわよ!!」
今日も私は、愛ゆえにどこかズレた彼を、全力でたしなめる。
でもたぶん――この先もずっと、この人にしかできない愛され方で、包まれていくのでしょうね。
終わり。