番外編②:後日談『過保護と甘やかしは紙一重』
――セリア=マーゴット(伯爵令嬢)の一人称視点
「セリア、椅子をもう一つ持ってこよう。クッションが足りていない」
「いえ、十分座り心地は――」
「否。君の身体に少しでも負担がかかるのなら、それは“敵”だ」
「敵!?」
昼下がりの書斎。
私はただ、少し硬めの椅子に腰掛けて手紙を書いていただけなのに、隣で護衛(という名の恋人)をしていたサイラス=ザイークが、急に椅子にまで戦意を抱き始めた。
最近の彼は、やたらと甘い。
……いいえ、甘すぎる。
あの騎士団見学事件――
そう、若手騎士のグレイス卿が、私に好意を向けていた(らしい)件以降、彼の過保護ぶりが尋常でなくなったのだ。
たとえば、
・階段を上る時は必ず前後をサンド(転倒防止)
・食事の温度確認(先に口をつける)
・ドアノブを自分以外に触らせない(冷たいかもしれないから)
・「風の向きが変わった」と言って上着を脱がせかける
極めつけは――
「今朝、君のまつげに露が落ちていた。風邪をひく可能性があった。非常に危険だ」
と、本気で対策会議を開こうとしていたこと。
「サイラス、少し落ち着いて。私は丈夫ですし、あなたと違って戦場には出ませんわ」
「戦場とは形を変えて日常にも存在する。段差、雨、他人の視線――すべて潜在的な脅威だ」
「……あなた、私を絹の繭か何かにでも包みたいの?」
「実行できるならそうしたい」
冗談を言っているような口ぶりだけれど、彼は本気だ。
その真剣さが、時に愛おしく、時にちょっと手に負えない。
でも――
「ねえ、サイラス」
「なんだ?」
「そんなに心配してくれるのは、嬉しいですけれど……」
私は彼の前に立ち、そっと背伸びをして、その頬に口づけを落とした。
「私は、ただ隣にいてくれれば、それで十分ですわ」
その瞬間、彼は完全にフリーズした。
滅多に動じない彼の顔が、ゆっくりと赤くなっていくのを見ると――少し、いえ、かなり愉快だった。
「さ、続きを書きますわね。椅子の件も、このままで十分。……それに」
私は椅子の背もたれに軽くもたれながら、彼の手をそっと握った。
「あなたが私を大事に思ってくれているのは、もう十分伝わっていますもの」
しばらく無言だった彼が、ようやく喉の奥で小さく笑った。
「……君には敵わない」
「ふふ、当然ですわ」
その日一日、彼はそれまで以上に穏やかな顔で、隣に座り続けていた。
過保護? 過剰な愛情?
――ええ、結構。
だって、これはサイラスなりの“好き”のかたち。
それを受け止められるのは、この私だけですもの。
終わり。