番外編②『その手、もう二度と伸ばさせはしない』
――サイラス=ザイーク(騎士団長)の一人称視点
今日、セリアが騎士団の稽古場を見学に訪れると聞いた時――
俺は内心、穏やかではいられなかった。
理由は簡単だ。
騎士団には若く、見栄えが良く、貴族令嬢に人気のある男どもが、腐るほどいる。
彼らが彼女を見て何を思うかなど、火を見るよりも明らかだった。
実際、彼女が敷地に現れた瞬間。
陽の下で輝く金糸の髪に、涼やかな青の瞳。
その姿はどんな女神よりも神々しく、視線を惹きつけずにはいられなかった。
それに加え、彼女の微笑みは柔らかく、気品があって、けれどどこか親しみやすさを滲ませている。
――何人か、すでに目を奪われていた。
その中でも、最も“危険”だと俺が即座に判断したのが、若手筆頭の騎士、リオン=グレイスだ。
礼儀正しく、剣術の腕もあり、さらに容姿が整っている。
本人の自覚がない分、女性にとっては最も“刺さる”タイプだ。
彼が、セリアに声をかけたとき――
俺の中の何かが、切れた。
「本日はご見学、光栄です。……よろしければ、訓練後に敷地をご案内いたしましょうか?」
その言葉に、セリアは困ったように微笑んでいた。
断るでもなく、受けるでもなく――それがまた、男を誤解させる。
俺が視線を送ると、リオンは気づいた様子で一瞬動きを止めた。
が、次の瞬間にはなおも言葉を重ねる。
「団長からはたくさんお噂を伺っております。けれど……こうしてお会いすると、噂以上の方ですね」
――その時、俺は稽古中だったにもかかわらず、木剣を握る手に力を込めすぎて折ってしまった。
稽古場に静寂が走る。
リオンの顔色が変わり、セリアがこちらに歩み寄ってくる。
「サイラス?」
「……失礼。少々、力が入りすぎただけだ」
「大丈夫?」
俺は頷く。だが内心は、大丈夫などという言葉とは程遠かった。
隣に立ったセリアの腰に、何気ないふりをして手を添える。
彼女は驚いたように目を見開いたが、すぐに頬を少し染めて、逃げなかった。
「リオン」
「はっ、団長」
「彼女は私の婚約者だ。それを踏まえて、次にかける言葉を選べ」
俺の声は低かった。
稽古場全体に響くような声ではない。
けれど、間違いなく聞こえた。俺の“本気”が。
リオンは、数秒の沈黙ののち、きっちりと頭を下げた。
「……無礼をお詫びします。以後、気をつけます」
「よろしい」
セリアが何か言いかけたが、俺は彼女の手を取り、そのまま稽古場の奥へと連れて行った。
「サイラス、あなた……少し怖かったわ」
「……悪かった。だが、ああいう“手”は、もう二度と君に向けさせたくない」
「それほど、嫉妬してたの?」
「……ああ」
彼女が微笑む。
その笑みに、俺の鼓動はまた速くなる。
「大丈夫よ。私が手を伸ばすのは――いつだって、あなたにだけ」
その言葉に、俺はようやく息を吐いた。
この手を離さずにいれば、もう何も怖くはない。
彼女の隣は、俺の居場所だ。
誰にも渡さない。誰にも、触れさせない。
――たとえ、世界を敵に回しても。
終わり。