第5話『その執着、愛と呼ぶには優しすぎた』
――セリア=マーゴット(伯爵令嬢)の一人称視点
彼は、最初から私を「守る」とは言わなかった。
「見ていた」「忘れられていた」「君を欲している」――
その言葉のどれもが、理屈ではなく、感情だけで成り立っていた。
あの日。
屋敷の中庭で一人、過去の書簡を整理していたとき、古い手紙の束が見つかった。
手紙ではなく、走り書きのような紙片。
しかもその多くは、私が子供の頃、領地で拾った迷い犬や、困っている人を助けたときの出来事を記していた。
まるで、日記のように。
でも、それは私の筆跡じゃない。
――誰かが、私の行動を、ずっと記録していた?
背筋が冷たくなりながらも、私はその文字に見覚えがあった。
サイラス=ザイーク。
あの男の筆跡だった。
それに気づいたとき、恐ろしさよりも先に、胸が痛んだ。
こんなにも長く、私のことだけを思い続けていた人がいたのだ、と。
確かに彼の言動は常識の範疇を逸している。
けれど、彼の“狂気”は、私を傷つけたことがない。
私が困っていれば助け、危険があれば先回りして排除し、必要な言葉は投げかけないまま、ただ傍にいる。
一方的で、理解しきれない不器用さだけど――それが、彼の優しさなのだと、今では思う。
「どうして、そこまで……私なんかのために」
そう問うた私に、彼はただ静かに言った。
「君がくれたものは、命だった。俺にとっての世界だった。……なら、俺の命と世界をすべて、君に捧げるのは当然だろう」
その言葉は、信仰にも似ていた。
私には到底理解しきれないほどの、深い想い。
けれど、そこに偽りがないことだけは、確かに感じられた。
「……あなたは、愛し方を知らないだけなのね」
「そうかもしれない。だが、俺の想いは、愛ではなかったか?」
私は扇子でそっと口元を隠し、目を伏せた。
「執着、独占、狂気……ええ、確かにどれも当てはまるかもしれませんわ。けれど――」
瞳を上げると、彼が私だけを見ていた。
「それでも私は、あなたのその愛し方が、嫌いじゃありませんの」
彼の瞳が見開かれた。
何度も殺気すら帯びたまなざしを見てきたけれど、こんなにも困惑し、戸惑うサイラスを見たのは初めてだった。
その姿が、妙に愛おしかった。
「だから……これから少しずつ、“正しい愛し方”を教えて差し上げますわ。団長殿」
彼は無言のまま、私の手を取って――そっと、唇を落とした。
それは熱を持っていたけれど、決して暴力的ではなかった。
ただひとつ、ずっと求めていたものをようやく得た者の、安堵のような。
彼の愛は、確かに歪んでいる。
けれどその歪みは、私にしか向けられていない。
そしてそれが、私にとって唯一無二の特別であることを、私はもう否定しない。
――たとえ、誰にどう言われようとも。
私は、騎士団長サイラス=ザイークのものだ。
そして、彼もまた、私のもの。
この愛は正しくなくてもいい。
誰よりも深く、狂おしいほど純粋な、この想いがある限り。
終わり。