表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

第5話『その執着、愛と呼ぶには優しすぎた』

――セリア=マーゴット(伯爵令嬢)の一人称視点


彼は、最初から私を「守る」とは言わなかった。


「見ていた」「忘れられていた」「君を欲している」――

その言葉のどれもが、理屈ではなく、感情だけで成り立っていた。


あの日。

屋敷の中庭で一人、過去の書簡を整理していたとき、古い手紙の束が見つかった。

手紙ではなく、走り書きのような紙片。

しかもその多くは、私が子供の頃、領地で拾った迷い犬や、困っている人を助けたときの出来事を記していた。


まるで、日記のように。


でも、それは私の筆跡じゃない。


――誰かが、私の行動を、ずっと記録していた?


背筋が冷たくなりながらも、私はその文字に見覚えがあった。


サイラス=ザイーク。

あの男の筆跡だった。


それに気づいたとき、恐ろしさよりも先に、胸が痛んだ。

こんなにも長く、私のことだけを思い続けていた人がいたのだ、と。


確かに彼の言動は常識の範疇を逸している。

けれど、彼の“狂気”は、私を傷つけたことがない。


私が困っていれば助け、危険があれば先回りして排除し、必要な言葉は投げかけないまま、ただ傍にいる。

一方的で、理解しきれない不器用さだけど――それが、彼の優しさなのだと、今では思う。


「どうして、そこまで……私なんかのために」


そう問うた私に、彼はただ静かに言った。


「君がくれたものは、命だった。俺にとっての世界だった。……なら、俺の命と世界をすべて、君に捧げるのは当然だろう」


その言葉は、信仰にも似ていた。


私には到底理解しきれないほどの、深い想い。

けれど、そこに偽りがないことだけは、確かに感じられた。


「……あなたは、愛し方を知らないだけなのね」


「そうかもしれない。だが、俺の想いは、愛ではなかったか?」


私は扇子でそっと口元を隠し、目を伏せた。


「執着、独占、狂気……ええ、確かにどれも当てはまるかもしれませんわ。けれど――」


瞳を上げると、彼が私だけを見ていた。


「それでも私は、あなたのその愛し方が、嫌いじゃありませんの」


彼の瞳が見開かれた。

何度も殺気すら帯びたまなざしを見てきたけれど、こんなにも困惑し、戸惑うサイラスを見たのは初めてだった。


その姿が、妙に愛おしかった。


「だから……これから少しずつ、“正しい愛し方”を教えて差し上げますわ。団長殿」


彼は無言のまま、私の手を取って――そっと、唇を落とした。


それは熱を持っていたけれど、決して暴力的ではなかった。

ただひとつ、ずっと求めていたものをようやく得た者の、安堵のような。


彼の愛は、確かに歪んでいる。

けれどその歪みは、私にしか向けられていない。

そしてそれが、私にとって唯一無二の特別であることを、私はもう否定しない。


――たとえ、誰にどう言われようとも。


私は、騎士団長サイラス=ザイークのものだ。

そして、彼もまた、私のもの。


この愛は正しくなくてもいい。

誰よりも深く、狂おしいほど純粋な、この想いがある限り。


終わり。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ