第4話『狂気もまた、愛のかたち』
――サイラス=ザイーク(騎士団長)の一人称視点
「怖い」と、彼女は言った。
ようやく向き合えたと思った矢先のその一言に、胸を貫かれたようだった。
けれど、俺はその言葉を否定できなかった。
なぜなら、その通りだったからだ。
俺の感情は、とうの昔に『常軌を逸している』と呼ばれる域を超えていた。
それでも、君の言葉は残酷だった。
恐れてほしいと思っていたのに、いざその通りに言われると、喉が焼けるほど苦しかった。
君が俺を忘れていたことは、仕方ない。
幼い頃のほんの一瞬、名もない少年にくれた慈しみを、君が覚えていなかったとしても、それを責める資格など俺にはない。
けれど――忘れられてもいいと思っていたはずなのに、いざ君の目に映っていない現実を突きつけられると、理性は簡単にひび割れていく。
思い出してくれなくていい。
けれど、俺だけを見ていてほしい。
過去を知らなくてもいい。けれど、これからのすべてを、俺と共にいてほしい。
それが叶わないなら――
「君を、閉じ込めてしまいたい」とさえ思ってしまう。
そんな願いが叶うはずもないことはわかっている。
俺は“騎士”であり、民の楯であり、何よりも彼女の“守り人”であるはずなのだから。
だが……守るという言葉の定義を、誰が決めた?
閉じ込めた方が安全だとしたら、それは守りではないのか?
彼女が他の誰かに攫われないよう、世界から隔てることは、過保護ではなく正当防衛ではないのか?
――こんなことを考える俺は、もう騎士ではないのかもしれない。
けれど、俺が彼女に向けるこの想いを、誰が裁ける?
誰も知らない。
彼女が帝都に来るまで、俺がどれだけの手を尽くして彼女の家を守り、道を整えてきたか。
彼女に危険が及ばぬよう、どれほど周囲を“片付けて”きたか。
「……俺が君のすべてを知っていることを、君は知らないままでいてくれればよかった」
それが、ただの“好意”で済むように、演じるつもりだった。
けれど、もう限界かもしれない。
「セリア。……君は、俺を正しく恐れた。ならば、次は俺を正しく知ってくれ」
俺がどれほど、君を欲しているのか。
どれほど、君の存在が俺を救ってきたのか。
どれほど、君なしでは意味をなさないのか。
これはもう、恋ではない。
これは――愛という名の狂気だ。
つづく。