第3話『護衛は結構です。けれども逃げられない』
――セリア=マーゴット(伯爵令嬢)の一人称視点
「……護衛?」
私は思わず訊き返してしまった。
まるで冗談のように、けれど本人はいたって真剣な面持ちで。
サイラス=ザイーク騎士団長。
帝国随一の実力者であり、皇帝陛下の信任も厚いと噂される男。
その彼が、私にこう言ったのだ。
「しばらくの間、君の護衛を任された。……個人的に、だが」
「……任された、というより、自分で押しつけてきた、の間違いではなくて?」
「いや。任された、ということにしている」
……なんなの、それ。
なんというか、強引というより、清々しいほどの開き直り。
しかも、問題はそれだけではなかった。
それからというもの、私の周囲には常に彼の気配があった。
お茶会の帰り道、図書館の窓辺、果ては仕立て屋の試着室の前まで。
一応言っておくけれど、試着室の【中】ではない。
けれど、私が出てきた瞬間に壁からぬっと現れたときは、本気で声が出なかった。
「……あなた、どこまで私の行動を把握しているんですの?」
「全てだ。……必要だからな」
即答するんじゃないわよ。怖いのよ。
本来であれば、家の者を通じて彼に抗議すべきところだ。
でも父も兄も「おお、サイラス殿が? それは心強いな!」と大喜び。
この国の騎士団長は、それだけの存在なのだという。
……ああ、私が望まなくても、周囲は勝手に決めてしまうのね。
「本当に、困っているんですのよ」
私は真正面から、彼の金の目を見据えて言った。
逃げも隠れもせず、はっきりと。
「私、あなたのことが、少し怖い」
そのとき、一瞬だけ彼の表情が揺れた。
悲しそうに、でも、どこか誇らしげに。
「……怖がってくれるだけ、いい。君に忘れられているより、ずっと」
「忘れてる? 私が、あなたを?」
彼は何も答えず、ただ静かにその場から去った。
不思議と、追いかけようという気持ちは湧かなかった。
けれど心の奥に、わずかに疼くものがあった。
――私、彼に何かしたことがあるのかしら?
自分の記憶を必死に探っても、何も浮かんではこない。
けれど、あの目が、ただの恋慕ではないことだけは、もう私にもわかっていた。
執着。あるいは――もっと深くて、暗くて、名前のつかない何か。
「護衛は、結構ですわ」
そう言いながらも、私は彼が立ち去った路地を見つめ続けていた。
つづく。