第2話『君を見つけたその日から』
――サイラス=ザイーク(騎士団長)の一人称視点
あの日のことを、俺は一瞬たりとも忘れたことがない。
泥だらけで、飢えた野良犬のようだった少年の俺に、君は微笑んだ。
何も見返りを求めず、ただ一つのパンと、日陰で涼む時間を分け与えてくれた。
「こんなこと、騎士様に見つかったら怒られちゃうかな。でも、あなたもきっと、お腹がすいているのよね」
その言葉が、俺の人生を決めた。
あれから十年以上。
騎士団の頂点に立ち、あらゆる権力を手にしても、たった一人に会うためだけに生きてきた。
セリア=マーゴット。
あのときの少女と同じ顔をした令嬢が、帝都の舞踏会に現れたと知った瞬間、心臓が跳ねた。
あぁ、やっと、君を見つけた――と。
なのに。
君は俺のことを忘れていた。
いや、無理もない。
あの頃の俺は痩せ細り、名前すらなかったただの浮浪児だった。
今の俺とはまるで別人。君に覚えていてもらえるはずがない。
だから、最初から覚悟していたさ。
君に忘れられていても、俺は君を忘れてなどいない。
君がどこに住んでいても、誰と会っていても、何を話していても。
すべて記録し、記憶し、可能な限り近くにいた。
誰にも邪魔させない。
君が気づかなくてもいい。
ただ、傍にいられるなら、それでよかった――最初は、な。
でも、君は笑うたびに、俺の理性を削る。
声を上げて笑うたび、誰かと話すたび、胸が軋む。
その笑顔を俺以外に向けてほしくないと思ってしまう。
……自覚はある。
これが、騎士としてあるまじき感情だということくらい。
でも、構わない。
「君を見守ることは、俺の誓いだ。セリア」
俺が名乗ったときの、君の戸惑った顔。
あぁ、やっぱり覚えてはいないんだな……そう思いながらも、もう止められなかった。
俺は君を、もう誰にも渡さない。
どれだけ恐れられても構わない。
君の傍にいるのが、俺の生きる理由だから。
つづく。