第1話『はじめまして、あなたが不審者?』
――セリア=マーゴット(伯爵令嬢)の一人称視点
帝都に降り立ったその日から、私の生活は音もなく狂い始めていた。
もちろん、最初は気のせいだと思っていたのだ。
誰かの視線を感じたのも、私の行く先々で同じ男を見かけたのも、偶然の積み重ねだと。
でも、その「偶然」が三日も続けば、さすがの私でもおかしいと気づく。
「……また、いるわね」
レースの扇子の影から、そっと視線を送る。
花屋の向こう、衛兵のふりをして壁にもたれる銀髪の男。
それが、ここ数日で五回以上見かけた――見間違えようもない、“例の男”。
端正な顔立ちに鋭い目元。身のこなしは洗練されすぎていて、むしろ目立っている。
本人に自覚がないのかしら? あんなにも目立つ人が尾行なんて、無理に決まってるのに。
「……つけられてるわよ、私。絶対に」
マーゴット伯爵家の長女、セリア=マーゴット。
華美を避け、控えめに育てられた私が、どうして帝都でこんな目に遭うのか。
おかしい。何も悪いことなんてしていないのに。
不審に思いつつも、直接問い詰める勇気はなかった。
けれど、ある日――とうとう、その男が声をかけてきたのだ。
「マーゴット伯爵令嬢。初めまして、私は騎士団長のサイラス=ザイークです」
礼儀正しく、完璧な挨拶。
なのに、その金の瞳は、私のすべてを知っているかのように覗き込んでいた。
「……あの、なぜ私の名前を?」
「知っているに決まっている。君をずっと見ていたから」
あっさりと、恐ろしいことを口にするこの男は、一体何なのだろう。
騎士団長という肩書がなければ、とっくに衛兵を呼んでいた。
けれど、帝国一の騎士団長が私のような地方貴族の令嬢に――
それもこんな風に、強引で、不自然で、執着めいた言葉を投げかけるなんて。
「……騎士団長様、もしかして、どこかでお会いしましたか?」
「いや。けれど、君は忘れているだけだ。――私は、君をずっと……」
その先の言葉は、人通りの多い広場の喧騒にかき消されてしまった。
ただ、そのときの彼の表情だけは、忘れられない。
それは、恋い慕う者の熱ではなく、獲物を見つけた捕食者のような目。
その瞬間、私は本能で理解した。
――この男から逃げられない、と。
つづく。