朝餉
空がまだ明るくなるよりも前に音惟の目がぱちりと開いた。
「あ、痛っ」
ボロ畳の上で寝たせいで全身が痛い。体をうんと伸ばしてから立ち上がりそっと布団に近づくとミシロはまだスゥスゥと寝息を立てている。起こさぬように離れると竹筒を着物の袂に入れそっと小屋を出た。朝餉を食べそびれるわけにはいかない。
井戸で水を汲み、簡単に身支度を整え母屋に向かった。
朝だけは家族との同席が許可されている。家族曰く優しいお姉様の意向だそうだ。一人のほうが気楽だが仕方ない。
座敷へ上がるとまだ誰も来ていない。そうなるように早く来たのだ。座布団は三つ、勿論音惟の分ではない。母と姉、妹のものだ。何も置かれてない下座に音惟は正座し下を向く。
急ぎ足でやって来たのは妹の真惟だ。ちらりと音惟を見てから座布団に座った。やがて母も来たがまるで音惟などいないように無言で座る。続いてやって来たのは姉だ。
「お母様、おはようございます。真惟、おはよう」
「おはよう結惟」
「おはようございます、結惟お姉様」
優しい口調で二人に挨拶するのは姉だ。二人共まるで音惟等いないように挨拶を返す。そして姉は音惟を一瞥すると。
「音惟、おはよう。あなたまた変なものを連れ込んだのねえ。困った子ね」
そう言って困ったように笑みを浮かべた。音惟はちらりと姉を覗き見てなんと言おうか迷った。昨日門番にミシロを見られたのはまずかった。しかしそれ以上咎める気はないようで何も言われなかった。
食事はいつもとそう変わらない。三人は白米、音惟は麦飯、三人はたっぷりのおかず、音惟は使用人と一緒のものが少し。それでも出されるだけいいのだ。昔は食事すら貰えない日が少なくなかったから。
音惟は袂から竹筒を取り出すと麦飯とおかずを少し詰めた。一口にも満たないがないよりはいいだろう。家族に見られるかと思ったが、誰も音惟のことなど見ないのだ。
食事を終え早く戻ろうとする音惟に姉が声をかけた。
「ねえ音惟、明日は食事の後私の部屋にいらっしゃい」
音惟の体はそれだけで固まる。手と声の震えに気づかれぬよう小さくため息をついてから答える。
「はい、わかりました」
「本当に音惟は可愛い子ねえ」
「結惟お姉様、なんで音惟を呼び出すの?私もお姉様のお部屋行きたい」
無邪気な真惟に姉が笑い、また今度ねと諭している。親からも嫌われる可哀想な妹を気遣う優しい姉と周りからは思われているだろう。
しかし音惟は気まぐれな姉の呼び出しに心底恐怖している。明日が来るのが恐ろしい。いっそ逃げてしまいたい。
だが逃げたとてまだ子どもの自分に何ができるだろう。
竹筒に詰めた食事が溢れぬよう気をつけながら音惟はとぼとぼと小屋に戻るのだった。