九角家2
木戸を開けてすぐのところに小屋が一つぽつんと建っていた。ここは母屋からは離れているがそれでも聳え立つ屋敷の屋根は絢爛な彫刻が施された立派なものである。
一方の小屋は。
「狭い」
「雨風しのげるのよ贅沢言わないで。雨漏りはするけど」
日焼けし、い草が飛び出した畳数枚が床に置かれている。その上に敷かれたぺしゃんこの布はかつて布団だったであろう。それらを男はしげしげと見ている。
「人間は愛玩動物を小屋に住まわせるというがおまえ娘じゃなくて愛玩……」
「違う」
誰が愛玩動物だ、人間だし、そもそも愛されていない、と文句を言いながらも音惟は男に適当に座るように言う。
「ここ、物置だったのよ」
「なんでお嬢様が物置に住んでるんだ」
「不義の子だからよ」
「不義?」
「そ、父とも母とも似てないし、姉とも妹とも似てないから。もっと言うとこの国の誰とも似てないでしょ、この肌の色に髪の毛の色」
「ふーん。腹減った」
聞いておいて全く興味を持たない男に苛立ちつつ音惟は食料調達に向かうことにした。大方夕餉の時間を過ぎて帰宅したから自分の食事は用意されていないだろう。
「ちょっと食べ物取ってくる。あんたヘビだけど人間の食べ物食べられるの?」
「あ、言ってなかったけど僕ヘビじゃないから。ヘビの形を取ってるだけで矮小なおまえたちとは違う神の使いだから」
「え、でも捨てら……」
そう言いかけた瞬間射殺されそうな目をされたので音惟は口を閉じた。触らぬ神の使いに祟りなし、だ。いや正確にはもう祟られているが。
「別に食べ物だって僕らの国に帰ればいらないんだ」
「じゃ、いらない?」
「いや、おまえの穢のせいで腹がすく」
「あっそ、じゃ取ってくる」
穢、穢と失礼なやつだと思いながら音惟は母屋に近づいた。すっかり足は良くなっていた。使用人にみつからぬよう台所に忍び込み誰かの夜食であろう麦の握り飯を二つくすねる。
「はい」
「なんだこれ」
「おむすびよ」
怪訝そうな顔で手にした麦飯を見て匂いを嗅ぐと恐る恐る男は口にした。
「なんだこれ、まずい」
「贅沢言わない」
家族は柔らかな白米を食べているだろうが音惟にしたら食べられるだけありがたい。ぼそぼそとした麦飯を噛み締めながら味わった。