九角家
「おろして!おろしてってば!」
足をジタバタさせ抵抗するが元ヘビだった男は音惟を横抱きに抱えるとそのまま歩き始めた。
最初音惟は自身で歩いていた。しかしまだ痛みが残っておりゆっくりと休みながら足を進めていた。すると男が急かすのだ。
「遅い。さっさと歩け」
「ヘビの歩みよりは速いわよ」
イライラした口調で男が言うので音惟も負けずと言い返す。
「うるさい、黙って歩け」
「傷が痛むんだから仕方ないでしょ」
「大体その力とやらで自分を治せばいいじゃないか」
至極真っ当な意見だが音惟がそうしないのには理由がある。
「使えないのよ、自分には」
音惟の力は他者には作用する。しかしどんなに試しても自分には使えないのだ。
「なんだその欠陥は」
「知らないわよ」
呆れたような目で見下され、音惟は唇を噛み締めた。自分だってこんな力欲しくはなかったのだ。容姿も人と異なる上に変な力もあるせいで嫌な思いばかりする。最初は傷ついた人を助け喜ばれていたのに、魔物の力だと言われるようになり避けられるようになったのだ。
「ほら、ぼーっとしてんじゃない。どっちだ?」
「右よ、右。暫く歩けばすぐにわかるわ」
すぐにわかる、その言葉通り歩けば大きく高い塀が現れた。その塀はずっとずーっと長く続いている。男が塀に沿って歩くとやがて立派な門が現れた。門の前には見張りだろうか男が二人立っている。不審な男が現れたと警戒する様子だが、さらにその腕に音惟がいることで蔑みの表情を浮かべた。
「ここか?」
「もっと先、裏手よ」
門番と視線を合わさないようにして音惟は男に促した。
「おお、さすが不義のお嬢様はその年で男を誑し込むとはな」
「その年で何人と寝たんだっけ?」
「手の指じゃ足りないって話だぜ」
ゲラゲラと笑いながら話す男達の会話に意識を向けないようにし音惟は小さくため息をついた。
「おまえここのお嬢様なんだろ?いいのか」
歩きながら男が小声で聞く。
「いつものことよ。それよりあんたこそいいの?」
「なにがだ」
「私といるとあんたまで同じ扱い受けるよ」
音惟が桃色の瞳を見上げると男はにやりと笑った。
「そんなことを言って僕を遠ざけようとしても無駄だぞ。大体矮小な存在に何か言われても気にならない」
「そう。あんたがいいならいいけど。あ、あとうちご飯も出たりでなかったりするから」
暫くすると先程の立派な門とは大違いのボロボロの木製の木戸が現れた。ちょっと強い風が吹けば壊れてしまいそうな板だ。
「そこよ」
「あんた本当にお嬢様なのか」
呆れたように尋ねると男は木戸を押し開けた。