因果応報2
「へ?いらないって何よ」
我に返り足元のヘビを見れば少女に踏まれたであろう跡は消えていた。そして男が消えた場所へ必死に這い寄ろうとしている。しかしやがてその体から黒いモヤがモワモワと湧き出した。それはヘビの小さな体を包み呑み込み多い隠し、やがて低木位の大きさになった。
化け物に違いない、と音惟は慌てて立ち上がろうとした。しかし足も打ったようで立ち上がれない。モヤは今や大人の背丈ほどの高さになり、やがてそれは真っ黒な人の形にに変わっていった。
「……サナイ」
やがて人型の黒いモヤは何かをブツブツ呟きながらゆっくりゆっくりと音惟に迫ってきた。音惟は尻をついたまま後退る。
「ば、化け物!」
逃げようとするが気持ちが急くばかりで体は思うように動かない。ついに化け物は音惟の足元に立ち彼女を見下ろした。
「ユルサナイ、ユルサナイ、オマエノセイデ」
ゆっくりと音惟の視線に合わせるようにしゃがみ込むその黒いモヤの中からちらりと二つの桃色が見えた。その桃色の瞳に見覚えがあった。
「おまえ、ヘビ?あの白蛇」
モヤは何も答えず音惟の首を掴もうと手を伸ばした。
(ああやはり今日で終われる)
しかしその手が音惟に触れると黒いモヤが解けるようにみるみるうちに消えていった。そして消えたモヤの中から現れたのは若い男だった。とはいえ正確には人なのかわからない。
白い肌に真っ白い髪、そのところどころに緑色が混じっている、そして桃色の瞳を持つという有様だ。
男は不思議そうに手を閉じたり開いたりしている。そして立ち上がり今度は足を動かし始めた。
「なにしてるの?」
音惟が尋ねてようやく彼女の存在を思い出したようだ。じっとりと怒りを含んだ目で睨む。
「おまえのせいでこんな奇妙な姿になった。絶対に許さない」
「私はただ怪我を治そうと思っただけよ」
「我が主の世界に帰ればあんなもの大したことはなかった。おまえが余計なことをしたから」
「大体穢れってなによ。傷を癒せる力なのよ」
「は、穢だらけのおまえの力のせいで主に捨てられたのだ」
穢だらけ、そう言われ音惟は唇を噛み締めた。気持ち悪い存在とは言われ慣れているが穢れていると面と向かって言われたのは初めてだ。
「悪かったわね。じゃ、私帰る。あんたも帰んなさいよ」
音惟は痛む足腰をさすりつつ立ち上がった。ゆっくりとだが歩けないこともない。
「待て、僕をどうする気だ」
「知らないわよ。主のとこに帰ればいいじゃない」
音惟は背を向け足を引きずり歩き始める。
「だからおまえに穢されたから帰れないんだよ。おまえのせいだからな」
「じゃ、ヘビに戻って草むらで過ごせばいいじゃない」
「戻れないんだよ、おまえのせいで。全部おまえのせいだ。責任取れ、矮小な存在で主の大切な僕を穢したんだ。責任取って面倒見ろ」
「は?」
じっとり、ねっとりした感触が音惟の手に絡みつく、ような気がした。振り返ると男が音惟の手を掴んでいた。
桃色の瞳はじっと音惟をみつめていた。
「許さない。責任取れよ。この体から穢が消えるまで面倒見て貰うからな。いつになるか知らないけど」
にやりと笑んだその口元から一瞬ちょろりと蛇のような舌が見えた気がした。
こうして音惟と元ヘビの青年との生活は始まったのだった。