姉2
この回は音惟が暴力によって痛めつけられる表現が多くあります。流血描写もあります。苦手な方はお避けください。
姉によって音惟が理不尽に暴力をふるわれます。
姉、結惟の部屋は屋敷の奥の一番広い部屋だ。昔は母が使っていたところだが今は姉のものである。にこにこした顔で先に進む姉の後を音惟は足取り重く付いていく。
姉が襖を開け音惟を部屋に入るよう促し、音惟が入るとすぐに襖を閉めた。
部屋の真ん中には異国から取り寄せたという背もたれ付きの長椅子が置かれている。結惟はそれに腰掛ける。当たり前のように音惟はその前に正座をした。
「ねえ、さっきはどうして帰ろうとしたの」
「あ、いえ、そんなことは」
忘れていてくれたらと思ったのだ。良い言い訳が思い浮かぶこともなく音惟は口ごもる。
「私から逃げられると思ったの?本当に可愛い子ねえ」
そう言うと結惟は音惟の頭に足をのせ体重をぎゅっとかけてから離した。音惟はそのまま頭を下げる。
「全く躾が足りてないようね。今日はいつもより念入りにしてあげましょうね」
「や、許して……」
言葉を紡ぐことはできるのに音惟の体は動かないのだ。蛇に睨まれた蛙のごとく姉の言葉には逆らえない。
「さ、邪魔な着物を脱ぎなさい。一張羅をボロボロにされたきゃないでしょう」
優しくにこやかで誰からも好かれるその笑みを崩さず歪めることなく結惟はそう言った。いっそ表情を変えてくれればいいのに変わらない。それが一層恐ろしい。
音惟は体を動かせるようになったが手が震えて着物を脱げない。
「あらあら着物を脱ぐこともできないのねえ。仕方ないわ、手伝ってあげる」
いつもの流れだが何が楽しいのかニコニコしながら帯を解き、紐を解き、着物を脱がせあっという間に音惟を襦袢姿にしてしまう。
「全く着物ってのは厄介ねえ」
厄介と言う割には楽しげに襦袢の紐に手に掛ける姉に音惟は何も言えずただ浅い息を吐くだけだ。そうして顕になった肌に姉の手が触れる。その指の爪はいつの間にか鋭く伸びていた。その長い爪で腹部、そして背中をつうっとなぞる。爪が肌に触れるたび音惟はひっと悲鳴を零しそうになるのを堪えていた。
「お腹がいい?それとも背中?」
結惟はそう耳元で囁いてから長い爪で腹をつついた。どちらも嫌だとは返せない音惟は目をぎゅっと瞑りこれから起こることに耐えようと歯を食いしばる。
「柔らかいお腹、勿体ないわね。やっぱりいつも通り背中にしましょうね」
その言葉と同時に音惟の背中に焼け付くような痛みが走る。爪で背中の肉を抉られたのだ。いつものことだがこの痛みに慣れることはない。
「全くおまえは可愛い子ねえ。姉様から逃げようなんて。そんな気を起こさないよういっぱい躾けてあげましょうね」
クスクスと笑いながら結惟は爪で抉ったその跡にさらに爪を立てる。音惟は叫び声を上げたいが声が出ない。
「ほらほら、抵抗してもいいのよ」
そういうと体は動けるようになったが竦んでしまい逃げられない。
「ねえ音惟、名前を呼んでごらん?」
「ごめんなさ……許して、姉様」
結惟は苛立ったように傷跡をまた一つ増やす。
「ほら、名前は?」
「結惟姉様……ごめんなさい」
「ほら、もっと呼んで」
「結惟姉様……結惟姉様……」
虚ろな瞳で名をくり返す妹を見る姉の目は恍惚としていた。そして指についた血をぺろりと舐める。
「まだ足りないわね」
「も……許して」
音惟の許しを請う声を無視し再び傷跡に爪を立て抉り始める。
大きな悲鳴が音惟の口から漏れるが結惟は気にもとめなかった。この哀れな妹を助ける者はいないのだ。
「そうそう、音惟ったら駄目じゃない。変なものを屋敷に連れ込んだら」
「あ……ごめんなさいごめんなさい」
痛みに何も考えられない音惟は謝罪の言葉を口から吐くばかりだ。
「ねえ、どうしてあんなのを連れてきたの?」
「わたしのせいだから」
「ふうん?」
この可哀想な妹はそういうものを魅了するのだろうか、と結惟は不満げな顔をする。
「捨ててらっしゃいな。いらないでしょ」
耳元で頭に刷り込むように囁くと音惟は一瞬頷きかける。しかしすぐ頭を横に振った。
「だめ……独りに……なっちゃう」
「ああ本当に可愛くて憎らしい子」
背中から流れる血を指で掬い、音惟の口に紅を差すように結惟は塗り込める。
「こんなにしてるのにまだ駄目なのねえ」
「ごめんなさ……許して」
にこにこ笑みながら姉は言う。
「許すわけないでしょ」
「やだやだ」
壊れたように繰り返す少女の耳にさらに囁く。
「そうねえ、あの邪魔な診療所なくしちゃおうかしら。そうしたらお外に行く必要もないものね」
自分のせいで大切な人が傷つけられるかもしれないと音惟は必死に拒もうとする。しかし片言の言葉しか出てこない。
「センセ……ダメ」
「いい子にしてたら考えてあげる」
「お願……、診療所の人にひどいこと、ダメ」
音惟が必死に訴えると結惟は目を細めた。
「じゃ音惟は代わりに何をしてくれる?」
ぼんやりした頭で自分に与えられるものは何もないと音惟は唇を噛み締めた。答えない音惟の代わりに結惟が手を打った。良いことを思いついたと言わんばかりに。
「そうね、音惟に毎日来てもらおうかしら。私の気も晴れるかもしれないし」
ひぃっと声にならない悲鳴をあげ怯える音惟を見て満足そうな顔を見せる。
「ま、さすがに毎日はいいわ。壊れたら元も子もないものねえ」
そう言うと結惟は音惟の背中を掴み、傷跡から生々しく滴る血液に舌を這わせた。そのぬらぬらとした感触に音惟は必死に耐える。
「うん、このくらいでいいわね」
「おわり?」
音惟が安堵のため息をついた直後、焼け付くような痛みが彼女を襲った。あまりの痛みに意識が遠のいていく。がくりと項垂れて動かない妹を姉は抱きしめた。
「ああ本当に可愛くて可愛くて憎らしい子」
結惟は音惟の背中の傷跡を舌でなぞり舐め啜る。その舌は人のものにしてはやけに長く紫がかった赤色をしていた。ひとしきり舐めて満足したのか気絶した音惟を抱くと長椅子に寝かせる。
結惟は先程までのにこやかな顔とは変わり無表情になる。そして手を広げた。すると部屋に布団が現れた。今度は音惟に手をかざすと付着した血が消えていった。ただ背中についた無数の傷跡だけはそのままだ。そしてその体に襦袢、着物、帯が自然と纏わりついていく。
結惟は音惟を布団に寝かせるとその隣に座りじっと音惟をみつめていた。それから音惟の手に自分の手を近づけた。遠慮がちに一度触れようとして引っ込め、もう一度触れた。手を握るように絡める。すると音惟が寝言を呟いた。
「結……姉ちゃ……」
結惟は一度驚いたように目を大きくしたが無表情な顔のまま手を握り続けた。




