第2話「共同生活開始」
??「以上が、私がこの家に来た理由です。」
あれから裕人は、半ば強引に家に入ってきた少女の話を、ただ黙って聞いていた。
裕人「え〜っと、つまり、君はアンドロイドで、実験のために人間社会に入り込む必要があって、今回その実験中僕の家に住む…ってことで合ってる?」
??「はい。概ね合っています。」
裕人が確認すると、アンドロイドを名乗る少女はそう答えた。しかしにわかには信じがたい。まさか自分の家にアンドロイドがやってくるとは、思ってもみなかったからである。しかも人間となんら変わりがない。強いて言うなら顔にあまり生気が感じられないことぐらいだろうか。これだけの美少女と一つ屋根の下にいると言う状況は、普通なら心躍るだろうが、裕人にとってはそうではない。
裕人「いや、ちょっと待って、うまく状況が飲み込めないわ。そもそも実験って何?なんの実験?なんで僕の家?」
と、裕人はよくよく考えてみれば当たり前の疑問を投げかける。それもそのはず、いきなり少女がやって来て、私はアンドロイドです。今からあなたの家で実験しますので住まわせてください。いくら美少女でも意味がわからなすぎる。
すると彼女はこう答えた。
??「実験というのは、将来私が人間社会で人の役に立つために、人の生活や感情というのを学ぶために行われています。あなたの家が選ばれたのは研究者の意思です。」
裕人はなんとか状況を理解しようと、彼女の言葉を黙って聞いていたが、やはりわからない。一体なんのための実験なのか?そもそも研究者とは一体誰なのか?なぜ自分のことを知っているのか?疑問は増えるばかりだ。
裕人「…とにかく、今日はもう疲れた。今のこの状態で、この状況が飲み込めるとは思えない。もう夜も遅いし、今日は泊まってもいいよ。」
??「泊まってもいいのですか?」
裕人「ああ、いいよ。けど僕はもう寝る。寝床は用意してあげるから、君も寝な。」
??「私は睡眠を取らなくても生きていけます。アンドロイドなので。」
裕人「そうか。そういえば、まだ君の名前を聞いてなかったな。なんて名前?」
裕人は適当に受け流しながらそう質問する。
??「アイ、と言います。研究者が私につけた名前です。」
裕人「そう。アイさんね。覚えておくよ。おやすみ。」
アイ「おやすみなさい。」
そう言い、裕人はリビングの隣にある寝室へと消えていった。寝室に入り、裕人は1人今日の出来事を思い出していた。アイと名乗る謎の少女。なぜ自分の家で実験を行うのだろうか?そもそも何の実験なのだろうか?アイの言う研究者とは一体誰なのか?疑問は尽きない。しかし答えを知っているはずの彼女があの様子ではこれらの疑問を解決できそうにない。裕人は次第に悩むのを諦め、眠りについた。
―翌朝―
裕人は寝室の襖を開けた。昨日夕方にあれだけ寝たというのに昨夜はスムーズに寝られた気がする。ああいう夢を見ていて尚且つ昨夜あんな出来事があったのだ。きっと脳が疲れ切っていたに違いない。そう思いつつ眠い目を擦りながら顔をあげると、そこには
アイ「裕人様、おはようございます。昨夜はよく眠れましたでしょうか?」
裕人「うおっ。」
裕人は驚いた。顔を上げるとそこにはアイが立っていた。しかも至近距離に、だ。しかし当の本人は、なぜ裕人がびっくりしたのかわかっておらず、表情ひとつ変えず裕人の顔を見て、首を傾げる。
アイ「どうかされましたか?」
裕人「あのねアイさん。起きて早々そんな距離にいられたらそりゃびっくりするよ。」
アイ「そうなのですか?」
裕人「そうだよ。よく考えてみなよ。」
そう裕人は諭すが、アイは理解できないと言った様子で、その大きな目をさらに大きく見開き、首を傾げた。
アイ「すみません。私は人間の基本的な生活習慣以外インストールされていないので、そのようなことをおっしゃられても、私には想像することができかねます。」
そう答えられ、裕人はさらに驚いた。まさかたったそれだけしか知らないのか彼女は。いくらアンドロイドという設定とはいえあまりに知らなすぎる。まさか本当に彼女はアンドロイドなのか?そういう考えさえ出てきた。しかしまだそれを信じきれない裕人はさらに質問をする。
裕人「あの…アイさん、確か君はアンドロイドって言ってたよね?だったらなんで基本的な常識を知らないんだい?」
アイ「そもそも私が作られたのは、すべての人に癒しを提供するために作られたのですが、そのためには人間の感情を理解しなければいけません。したがって私には最低限生活できるだけのこと以外インストールされていません。また、今回の実験は人間の感情を理解するという目的もあります。したがって私のメモリにはそれ以外インストールされていないのです。」
そう言われ、裕人は疑問がひとつ解決したが、それによりもう一つの疑問がより強くなってしまった。
裕人「なぁ、アイさん。」
アイ「アイ、で構いません。」
裕人「分かった。アイ、何で実験が僕の家なんだ?他にも家はたくさんあっただろうに。それこそ君を作った人の家とか。」
裕人は至極当然の疑問をぶつける。これで疑問が解けることを期待した裕人だったが、その期待は早々に砕け散ることとなる。
アイ「それは研究者の意思によって決められています。」
裕人「それじゃ分かんないよ。」
アイ「しかし私はそう教わりましたし、それ以上の回答を持ち合わせておりません。」
期待外れもいいとこだった。これでは疑問が解決しないどころか、ますます深まってしまった。
裕人「とにかく、僕はもう学校に行かなかればいけないから、そろそろ行くね。」
アイ「ガッコウ…とは何でしょうか?」
驚いた。まさかそれすら知らないとは。裕人はあまりの無知さに辟易したが、学校とは、同い年の人達が同じ部屋に集められて、いろんなことを学習する場所だと教え、とっとと準備を済ませ玄関まで行ってしまった。アイはその後ろをペンギンのようについていき、裕人が学校へ行くのを見守っていた。裕人はこのままアイを家において大丈夫だろうかという不安を胸に学校へ行くのだった。
その不安が悪い意味で裏切られることになるとは夢にも思わず。
??「で?その自称アンドロイドさんはなんて言ってんの?」
裕人「私がここに来た理由は、研究者によって決められたとしかいえないんだとさ。」
裕人は屋上で1人のクラスメイトとアイについて話していた。昼休みになるとここで唯一の親友と弁当をお互いにつつくのがいつもの日課となっている。普段なら最近話題のネットニュースとか、新作のゲームの情報とか、他愛もない話をするのだが、今回は違う。昨夜裕人の家にやってきた自称アンドロイドというとびきりのトピックがあるのだ。今日の話題はこれで決定だろう。
??「ふぅ〜ん。こりゃまた随分と強敵だねぇ。あ。唐揚げもーらいっと。」
裕人「おい遼、それ今日の楽しみだったんだぞ。」
遼と呼ばれたクラスメイトはどこか話半分で聞いていそうな感じだった。親のいない裕人にとっては彼は相談事を持ちかけることができる数少ない、いや、唯一と言っていいほどの存在だった。裕人は悩み事があると遼に持ちかけるしかないのだが、当の本人がこれでは自分で解決するしかなさそうだ。
遼「でもさ、そんな怪しい奴ならさ、警察に突き出したらどうよ?」
以外だった。てっきり話半分に聞いていて、こっちのおかずに夢中になっているものだと思っていた裕人は思わずむせそうになった。
裕人「…でもさ、警察は取り合ってくれるかな?」
遼「ものは試しだよ。それとも、そんなよくわからないやつと同棲生活でもするつもりか?」
遼にしてはまともな回答が返ってきた。というのも、裕人は遼が真面目だからという理由で相談を持ちかけているのではない。正確にいうと、遼しかいないのだ。幼い頃に母親を亡くして以降、人との交流を避けていた裕人に図々しくもガンガン話しかけてきたのがこの遼なのだ。最初こそ他の人以上に避けていた裕人だったが、あまりにしつこく話しかけてくるので次第に話すようになり、いつしか裕人の方からも話しかける、数少ない存在になったのである。
遼が言っていることはあながち間違いではない。今もアイは自分の家にいるのだ。よくよく考えれば怖い。もしかしたら今頃通帳とかその他の大切なものを抜き取られているかもしれない。そう考えると今ここにいて話をしていることすら怖くなってきた。裕人はいますぐ警察に突き出そうかと考えたが、できれば面倒ごとは起こしたくない。そこで裕人は一つの考えにたどり着く。
裕人「いや…警察に突き出すよりその子の新居を探したほうがいいかもしれない。」
遼「はぁ?何言ってんだよ。ただの他人にそこまでする必要はねぇだろ?」
裕人「いや、警察に突き出すものいいんだけどさ、それだと色々面倒かなって思って、それなら新居探してあげたほうがいいかなって、もし怪しい業者とかならそれで手を引くかもだし。」
遼「まぁ…お前がそれでいいなら止めないけどよ。くれぐれも気をつけろよ?」
裕人「何がだよ。」
遼「だって、アンドロイドを自称するぐらいヤバいやつだぜ?もしかしたら今頃ナイフとか準備してるかも…」
裕人「やめろ、あんまり不安になること言うな。」
遼「まぁ、流石にそれは冗談だけどさ。とにかく何か協力できることがあったら俺にも言えよ?」
裕人「ああ、ありがとう。じゃあまずひとつ。」
遼「ん?」
裕人「俺、早退するから。」
あれから数時間、片っ端から不動産屋に電話をかけたり、アプリで調べたりなどしたが、どれも見つからず、またアイも、「研究者の意思に背くことはできません。もし背けば私に高圧電流が流れることになっています。」と言い積極的に物件探しに参加しようとしない。それでも何とか参加させようとしたが、およそ少女とは思えない力で拒否されたので、仕方なく新居探しは断念することに。それでもいつか新居を探すことを約束してもらった。と言っても、1日の大半は裕人と行動を共にしないといけないらしいのだが。
裕人「ふぅ〜。」
自宅へと帰り着き、裕人はソファへと腰を落とす。ドカッという音の後に、裕人はため息と同時に全身の体重をソファへと預ける。とにかく今日は疲れた。同級生から見れば裕人は自宅でのんびり休んでいるだろうと思われているが、実際はアイの新居探しに奔走していたのだ。普通に授業を受けるより疲れた。
アイ「あの…もしかしてお疲れでしょうか?」
そうアイが声をかける。この1日でアイはだいぶ人間らしい話し方をするようになった。アイの新居探しということもあって、当然アイ本人にも同行してもらったのだが、おそらく不動産屋での会話を聞いていたのだろう。単調で感情のこもっていない話し方から、随分と低姿勢な話し方になった。だがそれでも裕人の疲れが取れるわけではない。
裕人「誰のせいでしょうかね。」
疲れのあまり裕人はそう嫌味ったらしくアイに返した。普通なら後悔している頃だが、今はそれどころではないぐらいに疲れている。ちなみに家を探してはいるものの、到底裕人が用意できるような金額ではないため、結局新居は諦めて一緒に過ごすことになった。
裕人「とにかく俺はもう寝るよ。」
アイ「晩御飯は食べられないのでしょうか?」
裕人「食べない。疲れたからね。」
そうですか。とアイが返事をするも、裕人はそれすら聞かずに寝室に入ってしまった。かろうじてお風呂には入っていたので、明日の朝は何とかなりそうではある。結局裕人がその日寝室から出てくることはなかった。
―次の日の朝―
裕人はいつも通りの時間に目が覚めた。相当疲れていたのだろう。それでもまだどこか疲れが取れてないように感じた。まだ回復しきっていない体に鞭を打ちながら部屋を出ると、
アイ「おはようございます。」
アイが立っていた。しかし今回は目の前ではなく少しだけ離れた位置にいた。まったく、学習しているんだかしていないんだか。そう呆れながらも、裕人は朝食を多めに用意する。いくら前日の疲れが残っているとはいえ、昨日は何も食べなかったのだ。今は食べなくては。そう考え、裕人はカップ麺を2つ用意し、お湯を注ぐ。幼い頃から1人だった彼にとって、常日頃から朝晩はカップ麺なのだ。と言っても、流石に昼に学校でそれらを食べるわけにはいかないので、弁当は作っていく。小学校、中学校と彼は休日のお昼は作っていたので、次第に自炊力はついていった。彼は前々日に用意していた作り置きを出し、カバンの中に詰める。アイはその様子をじっと見つめていた。
裕人「何だよ。」
アイ「ガッコウというのは午後もあるのでしょうか?」
裕人「あるよ。当たり前だろ。昨日は特別に早退…早く帰ったんだ。普通は夕方まであるんだよ。」
アイ「そうですか。記憶しておきます。」
裕人はそんなこと記憶して何になるんだと思いつつも、朝の準備を進める。最後に必要な教科書やノートをチェックして、家を出る。そんな様子を、アイは興味深そうに見ていた。
遼「で、家は見つからなかった…と。」
裕人「あぁ。初期費用を舐めてたよ。まさかあんなにするとはな。」
遼「へぇ〜。今度教えてもらいたいな。」
裕人「なんで?」
遼「もちろん、俺の大学生活を花開かせるためさ!大学生になったら、夢の同棲生活をするんだ!」
裕人「そんなことだろうと思った。お前はそんなやつだからな。」
2人がそんな話をしていると、担任がガラガラと戸を引き、教室へと入ってきた。どうやらいつの間にかホームルームの時間になっていたらしい。
担任「今日はみんなに大事な話がある。うちのクラスに新しい仲間が入ることになった。つまりは転校生だ。」
担任がそう言うと、クラスは盛り上がりを見せる。どんな子なのか、イケメンや美女なのかといったありきたりな期待から、帰国子女じゃないかとかいう妄想まで飛び交うことになった。遼意外に仲良くする気のない裕人にとって、正直転校生など興味は無いが、その唯一の友人は違った。
遼「なぁなぁ裕人、可愛い子かな?だったら積極的にアプローチしちゃお!」
裕人「どうでもいいよ。ってか、彼女作ったらもう二度と一緒に帰んねぇからな。」
遼「何だよ。嫉妬か?いくら俺がモテるからって、お前を蔑ろにしたりなんかしねぇよ。」
裕人「違ぇよ。その彼女といるのが嫌だから帰らねぇってだけだ。」
皆の期待を尻目に、担任は早速転校生に教室に入るように言った。その光景を悠とは疑った。
アイ「初めまして、初瀬アイといいます。今日から皆さんのクラスにお邪魔させていただきますので、よろしくお願いいたします。」




