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瞳を探す猫のスヴォボダ③

 猫目石を見つけたヤナとスヴォボダは、黒いもや、おうさまの部屋に向かいます。

 そしておうさまの不思議な力で猫目石をスヴォボダの瞳にしてもらったのでした。


「……ヤナ、どうかしら」


 スヴォボダがヤナのほうを向いて目を開きます。そこには二人で見つけた猫目石が輝いていました。


「素敵! とってもきれいだわ!」


 ヤナは興奮して手を合わせました。

 ぱん! と小気味良い音が響くくらいです。


「そ、そうかしら」


「そうよう、うふふ」


 ヤナはまるで自分の事のように笑います。

 それは緊張していたスヴォボダの気持ちをほぐしていきました。


「それではおうさま。わたくしは『最奥の扉』に行ってみます。何か変わったところがあるかもしれませんので」


「どこか行くの? わたしも一緒に行きたいわ」


 おうさまに頭を下げるスヴォボダに、ヤナはすすっと近づきました。友達と一緒にいたいのです。

 もちろんスヴォボダもまんざらではありません。


「もう、仕方がありませんわね。おうさま、よろしくて?」


「もちろん。何をすることもそなたたちの自由だとも。仲が良いなら尚更のことだ」


「ありがとうございます、おうさま。ヤナ、こっちなのだわ」


 スヴォボダはヤナの方を振り返って様子を見ながら歩き始めました。

 ヤナも慣れたもので、スヴォボダが示す方向に歩調を合わせて着いていきます。そしておうさまに手を振りました。


「おうさま、行ってきます!」


 そうしてヤナとスヴォボダは、最初に会ったときよりずっと近くを歩いて部屋から去っていきました。


 部屋にはひとり。

 おうさまがたったひとり。けして変わることなく、佇んでいるのでした。


-◇-


 お城の入口と反対側にある、まっすぐ上下へと伸びる塔。そこへ続く渡り廊下にヤナとスヴォボダの姿はありました。

 手すりと屋根に囲まれた細い渡り廊下を、スヴォボダが少しだけ前を歩きながら二人は進んでいます。


「ヤナ、もちろんだけど渡り廊下から落ちたりしないよう気をつけるのだわ」


「う、うん! ありがとう」


 渡り廊下を進み始めてほどなくして下の地面は見えなくなりました。優しい黒ではなく、見通すことのできない、何もない真っ暗が広がっているだけになったのです。


「今から行くところはこのお城の出口なのだわ」


「出口?」


 ヤナは思わず聞き返していました。

 そんなこと考えたこともなかったからです。


「そう。塔の扉を開けて階段を降りる。そうしてこの城にきた者はあるべきところに進むのだわ」


「『階段を降りる』ってことはあの真っ暗の中に行くの? それはなんだか怖いなあ」


「そうね。それは……怖いことなのだわ」


 スヴォボダはまっすぐ前を向きながら呟きます。その声はヤナへの返事のようでありながら、独り言のようにその場へと溶けていきました。


 それから少しだけ、渡り廊下を歩くふたりの足音だけが響きます。

 ヤナもスヴォボダの様子が心配で何か話しかけようと思うのですがなかなか話題も浮かびません。

 スヴォボダもそんなヤナの様子を背中で感じるものの、自らのうちに渦巻いた期待と不安からどうしても楽しい話ができないでいるのでした。

 

 そうこうしてるうちに二人は渡り廊下と塔のつなぎ目、塔の踊り場へと着きます。

 

「すごい……。底も見通せないけれど、上もどこまで続いてるのか分からないくらい高いのね!」


 楽しくなれるよう、塔に近づきながらヤナは大げさに驚いてみようと思っていました。

 けれども改めて塔を見上げてみると、首が痛くなってもそのてっぺんが見えないので本当にびっくりしてしまいました。


「ふふっ、本当にそうなのだわ」


 そんなヤナの様子に思わずスヴォボダもつられて笑ってしまいました。


「開けるわね」


 スヴォボダはとん、と体を扉に押し当てます。すると扉は音も立てずひとりでに、ゆっくりと内側へ開いていきました。


 開いた扉の先。

 それは何もないようにヤナには見えました。

 渡り廊下の下と同じ、見通すことのできない、何もない真っ暗がそこには広がっているように見えたのです。


 下へと降りる階段も見えなくて、ヤナは思わずスヴォボダの方へと視線を移します。


 スヴォボダは。

 スヴォボダはひどくショックを受けた様子に見えました。

 塔の中の何もないところをじっと見上げ、そうしたかと思えば時折頭を下に向けて、塔の下のほうを見つめます。

 それを言葉もなくただひたすらに何度も何度も続け、そして最後には肩を落としたままじっと下を見つめるだけになってしまいました。


 その様子に、ヤナは胸がぎゅっと締めつけられるような思いを抱きました。

 何かをしてあげたくてたまりませんでした。


「スヴォボダ……。ここはなんだか怖いわ。ね、もう帰ろう」


 ヤナには何が起きているのか分かりません。だからスヴォボダのために言える言葉はわずかしかありませんでした。

 震える背中のためにそれ以上できることは、ただ静かにそばにいることだけでした。


 時間だけが静かに流れていきます。

 そして。


「ごめんなさい。一人で勝手に落ち込んで。もう大丈夫なのだわ」


 スヴォボダはヤナの方を振り返ります。そして、ヤナに向かって微笑んでみせました。


「う、うん……」


 その笑顔が無理をしているのは、ヤナにもはっきりと分かりました。けれど、それ以上何かを言うことはできませんでした。


「帰りましょう。確かに、ここは怖いもの」


 そう言ってスヴォボダは扉にそっと触れました。開いたときと同じように、扉は音もなく静かに閉じていきます。


「付き合ってくれてありがとう、ヤナ。あなたのおかげで、取り乱さずにすんだのだわ」


 スヴォボダはぺこりと頭を下げてお礼を言いました。それはきっと嘘ではなかったのでしょう。


 けれど。

 渡り廊下を先に進んでいくその背中はここに来たときよりもずっと、ヤナには小さく見えたのでした。

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