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瞳を探す猫のスヴォボダ①

 ジトムィールのエプロンをヤナが直してから少し経ったあとのこと。

 ヤナの姿は黒いもやの部屋にありました。


「ありがとうおうさま! ジトムィールさん、とっても喜んでいたわ。おうさまが助けてくれたおかげよ」


「そうか。それは何よりだ」


 黒いもやからは表情を読み取ることはできません。けれど、声はまるで柔らかく微笑んでいるかのように優しく聞こえ、ヤナはそれがなんだか嬉しくて仕方ありませんでした。


「ねえ、おうさま。おうさまは何かほしいものはないかしら? わたしがあげられるものなら、わたし、がんばっちゃうわ」


「ははは。やはりお前は優しいな。だが、いいのだよ。お前たちの望みこそがわしの望み。お前たちが日々を満ち足りて過ごしていればよく、お前たちの望みが叶うならばそれに勝る喜びはないのだ」


「もうっ。ずるいわ、おうさま。わたし、あなたにお礼がしたいのに」


 ヤナは、ぷくぅ、とほほを膨らませました。もちろん、本当に怒っているわけではありません。ただ甘えているだけなのです。

 踊るヤロスラーヴとジトムィールの二人を見て少しだけ大人の気持ちになったヤナでしたが、黒いもやの前に来るとどうしても子供っぽくなってしまうのでした。


「ははは。礼ならば別の機会にしてもらうとも。それより、ヤナ。お前自身がわしに願うことはないのかね?」


「うーん……。わたしも特にないわ? ご飯もおいしいし、みんな優しくしてくれるもの」


 ヤナは「にこっ!」と笑みを浮かべました。そこには遠慮や偽りなどまったくありません。


「ふむ、そうか。……まだそうなのだな」


 黒いもやは呟くと黙りこくってしまいました。どうすればヤナが願い事を思い浮かべるのか、その方法を考えているようでした。


 そのときです。

 ぎぃ、と音を立てて扉が開きました。

 そしてそのまま、黒猫のぬいぐるみが四つの足をしゃなりしゃなりと優雅に動かして部屋の中に入ってきたのです。


「おうさま。ご機嫌いかがでして? お願いがあるのだけれどよろしいかしら」


 猫のぬいぐるみは黄色い宝石の瞳をヤナに向けることもなく、黒いもやへと声をかけました。


「おお、スヴォボダ。わしはこの通りいつもと変わらぬよ。もちろんそなたの願いを聞こうとも。ただ、その前に良いかね。そなたを新しい客人に紹介したいのだが」


「おうさまがお望みならご自由に」


 言葉とは裏腹に、猫のぬいぐるみの澄ました顔からはとても歓迎しているようには見えません。

 けれど、きっとそれも慣れっこなのでしょう。黒いもやはそんな様子を気にしない様子でヤナに話しかけます。


「ヤナ。こちらは猫のスヴォボダ。ひとところに留まらぬゆえ出会えたのは珍しいことだ。仲良くしてやってくれるかね」


「ええ、もちろん! スヴォボダ、よろしくね!」


 ヤナはしゃがんでスヴォボダと目線を合わせます。そしてそのまま、スヴォボダの前に手を差し出しました。


「ええ、ご自由に。まあ、こちらからよろしくするつもりは無いけれど」


 スヴォボダはヤナの手を取ることなく、黒いもやの方に向き直ります。

 そうして宙ぶらりんになった手を引っ込めながら、ヤナは少しだけ苦笑いを浮かべました。

 『思い出せない誰か』がお母さんを独り占めしようとしたときにそっくり。

 そんな風に思ったからです。


「それよりおうさま。わたくしのお願いを聞いていただけて?」


「ヤナ、良いかね?」


「もちろん。スヴォボダのお願いを聞いてあげて欲しいわ」


 ヤナが柔らかく微笑んで言うと、スヴォボダの尻尾がぴん! と伸びました。

 怒らないヤナの反応に少しだけ驚いたのかもしれません。

 けれどもそこまで。

 スヴォボダは黒いもやに話しかけてしまいます。


「おうさま。『いちばん古い倉庫』を開けてよろしいかしら。わたくしはわたくしの瞳を探したいのですわ」


「ふむ。今の瞳では不満かね?」


「ええ。これにはわたくしにあるべき輝きがありませんので。このままでは、わたくしはわたくしでいられませんわ」


「承知した。そなたの願いを叶えようとも。ただ、一ついいかね?」


「ええ、何なりと」


「倉庫にはそこのヤナも連れて行っておくれ。そなたの体だけでは探せない場所も、ヤナの手があれば探せることもあるだろう」


「わ、わたし?」


 急に名前が出たヤナは思わず声を上げてしまいました。

 そして驚いたのはスヴォボダも同じようです。


「おうさま。わたくし、瞳は一人で探したいのですわ。それはわたくしにしか分かるはずないのですから」


 けれど、黒いもやはゆっくりと諭すように言葉を続けました。


「スヴォボダよ。人の手がなければ荷物をどかすこともままならぬはず。そなたの瞳を探すためにはきっとこの娘が必要になるだろうとも。わしを信じてみておくれ」


「おうさまがそこまでおっしゃるなら……」


 スヴォボダは不承不承といった雰囲気で首を縦に振りました。そうして黄色の瞳でヤナをじいっと見つめます。


「あなたはそれでよろしいの?」


「ええ、もちろん!」


 ヤナは笑って返しました。

 おうさまが自分を頼りにしてくれて嬉しかったのです。


「んもぅ。調子狂いますわね。良いわ、よろしくお願いします。わたくしの後についてきてくださいな」


「ええ! うふふ。ご案内よろしく。おうさま、行ってきます!」


「行っておいで。ふたりとも。願わくばお前たちの望みに近づけますように」


 そうしてヤナとスヴォボダは部屋から去っていきます。

 部屋にはひとり。けして変わることなく、黒いもやが佇んでいるのでした。


-◇-


 猫目石と呼ばれる種類の宝石があります。

 黄色に輝く金緑石の変種であるそれは、まるで猫の瞳のような一筋の模様があらわれることから猫目石と呼ばれていました。


「それこそがわたくしの探す瞳ですわ」


 黒の城の中。螺旋の階段を深く深く降りた先の『いちばん古い倉庫』の扉を開きながら、スヴォボダはヤナに探している瞳の見た目を告げました。


「それらしい宝石がありましたら教えてくださいな。あとはわたくしが判断しますので」


「う、うん。分かったわ」


 そう答えながらヤナは少し不安でした。

 黒の城には捨てられたものしかないはずで、宝石みたいに高価なものが捨てられるはずがないと思ったからです。

 

 けれどもそれは杞憂でした。


「……すごい」


 思わず呟いたヤナの前には、目も眩むような宝物にあふれていました。

 金色に輝く盃に、いくつもの宝石が散りばめられた首飾り、そしてたくさんの金貨や銀貨。そんな宝物が所狭しと無造作に打ち捨てられていたのです。

 

「わたくしはこちらを探すから、あなたはあっちを探してくださいな」


 スヴォボダはそう言って宝物の上にぴょん、と飛び乗りました。そして前足でがしゃがしゃと宝物をかき分けながら宝石を探し始めます。


 それで、この宝物たちも捨てられたものなんだとヤナには分かりました。

 どれだけきらびやかに輝いていても、誰にも大切にされずほったらかしにされている、かわいそうなものたちに変わりないものでした。


 せめて綺麗に飾ってあげよう。

 そう思ってヤナは、猫目石を探すかたわらに片付けを始めました。

 よくよく辺りを見回すと、黒の城の誰かが作ったらしい、真っ黒な棚や箱があることにヤナは気がつきます。

 宝石やアクセサリーは小さな箱へ。金貨や銀貨は大きな宝箱。食器や彫像は飾り棚。

 それぞれをだいたいの種類に分けながら、ヤナは宝物をしまっていくのでした。


 そうしてヤナが倉庫の一角を片付けていたときのことです。

 ヤナは視界の端にきらりと光る宝石を見つけました。

 手に取ってよく見ると、それは茶色に輝く宝石で、丸みを帯びたかたちをしていています。そして、真ん中には貫くように黄色の光が通っていました。

 それはまるで何かの動物の瞳のようでした。


「スヴォボダ! これはどうかしら!」


 ヤナは声を張り上げます。

 すると離れたところを探していたスヴォボダは、飛び跳ねるようにしてヤナのそばまでやってきました。


「見せてちょうだい!」


 スヴォボダは黄色の瞳で、ヤナの手の上に乗せられた宝石をじいっと見つめました。


「きれいね……。でもだめ、違うのだわ。あれはもっと澄んだ黄緑色をしていて中央の光は白かったもの。きっと、似ているけれど別の種類の宝石なのだわ」


「そっかあ」


 首を横に振るスヴォボダに対し、ヤナはがっくりと肩を落としました。

 そんなヤナにスヴォボダは慌てて言葉を返します。


「そ、そんなに落ち込まないでほしいですわ。これだってとってもきれいですもの。見つけてくれてありがとう」


「うふふ! 分かった。じゃあ、もっともっと探してみるわ」


 そうして二人はまた猫目石を探し始めます。

 

 そして『いちばん古い倉庫』はお城のほかの場所と変わることなく、訪れた人を物言わず迎え入れていたのでした。

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